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少々買いすぎてしまったようだ

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「……これは誰にも言ったことはないのですが、実は私、いつか作家になりたいと思っていますの」

 本の表紙をそっと撫でながら、唐突にカリーナが打ち明けた。
 怪訝に眉根を寄せるダリルなど気にすることなく、カリーナは話を続けた。

「記念すべき一作目は、カーティス様と私の恋物語を書いた私小説と決めていますの。ふふっ、今から楽しみで仕方ないですわ」

 浮きだつ気持ちを隠せず弾む声で言って、本をぎゅっと抱きしめた。

「ちなみに筆名も決めているんですよ。ユリア・コーエン――、この名前、覚えていてくださいね。そしてもし本屋で私の本を見かけたらぜひ手にとってください。貴方のお陰で完成した完璧な物語がそこにはあるはずですから」

 そう言うと、カリーナはくるりと背を向けた。

「貴方は所詮、物語の脇役。どう足掻いても主人公にはなれませんわ」

 鼻で笑って言って、軽く顔だけでこちらを振り返った。

「ですから大人しく物語に従って、貴方の役割を全うしてください。……運命はもう、決まっているのですから」

 口元を妖しく歪め、ダリルへの嘲笑をありありと浮かべてそう言い残すと、カリーナは部屋を後にした。
 残されたダリルは、その場に茫然と立ち尽くした。
 
 ――貴方は所詮、物語の脇役。どう足掻いても主人公にはなれませんわ。

 別に主人公になりたいだなんて思ったことはない。ただ純粋に、カーティスの傍に居続けたいだけだ。
 しかし、かつて悪役令息の役目を全うしたダリルは、知っている。この世界が、あるべき物語のために見せるあの執拗さを……。
 もし、カリーナの言う通り、この世界にとって彼女とカーティスが結ばれる結末こそが正しいとしたら、脇役の自分がどう足掻こうとそれに逆らうことは到底不可能なのだ。

「……っ」

 ダリルは額に手を当て顔を歪めた。
 カリーナの話など全て恋する乙女の行き過ぎた妄想だと一蹴してやりたいのに、彼女の残した言葉が頭の中でいつまでも響いて離れなかった。



 カリーナが帰ってから、ダリルは寝室にこもって寝込んだ。
 別に体調が優れないわけではない。ただ、心が絶望に暗く淀んで全く気力というものが湧かないのだ。
 カリーナの言い分こそが正しく、世界も彼女の味方であるならば、レイラの呪いにいくら立ち向かっても、それは無駄な足掻きで、カーティスと共にある未来を手に掴むなど到底できないのかもしれない。
 そう考えるだけで、悲しさと悔しさで目に涙が滲んだ。

(カーティス様の傍にずっといるって約束したのに……っ)

 ベッドの中、自分の不甲斐なさに涙を流し枕を濡らすダリルだったが、次第にその辛い現実から逃げるように眠りの世界へと落ちていった。



 流した涙の冷たさばかりが際立つ眠りの中、不意に、温かな感触が頭の上に降り立った。

「……ん」

 目を開けると、橙色の灯りに照らされたカーティスの優しい顔がそこにあった。
 ベッドの縁に腰掛けて、ダリルの顔を覗き込みながら頭を優しく撫でていたカーティスは、目覚めたダリルにほっと頬を緩めた。

「すまない。あまりにも辛そうな顔で寝ているからつい触れてしまった」

 そう言って、濡れたダリルの目元をそっと親指で拭った。

「ローマンから聞いた。食欲がないらしいね。夕食も食べずに寝ていると聞いて心配になったのだが、どこか具合でも悪いのか」

 心配そうに訊くカーティスに、ダリルは慌てて起き上がって首を横に振った。

「い、いえっ、いたって健康です。ただ、昼間に夢中になって本を読んでいたので、その疲れで寝てしまって……。食欲がないと言ったのも、起きるのが面倒くさくて、寝ていたいがための方便です」

 おどけて答えると、ダリルはふと窓の外を見た。窓の外は思った以上に夜が深まっていた。

「随分、眠ってしまっていたみたいですね。カーティス様も今、帰ってきたんですか?」
「ああ」
「今日は遅くまで仕事だったんですね。お疲れ様です」
「いや、仕事を終えたのはいつもと同じくらいの時間だ。君が臥せっていると聞いて、街にまた出たんだ。……だが、少々買いすぎてしまったようだ」

 そう言って、カーティスは苦笑気味に視線をテーブルの上に移した。
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