70 / 86
連載
おめでとうございます
しおりを挟む
そう言って、カリーナは不意に手に持った花束をダリルに差し出した。そして、
「生き返り、おめでとうございます」
まるで花の甘い香りがむせ返るような微笑みを浮かべて言ったその言葉に、ダリルの全身に戦慄が走った。
「ど、どうして、その、ことを……」
わななく喉を何とか動かして声を絞り出した。
カリーナは底しれない笑みを深めて答えた。
「だって、全てここに書かれているんですもの」
そう言って、カリーナは近くの棚に花束を置くと、小脇に抱えた本をダリルに差し出した。
「どうぞ読んでみてください。貴方なら、読めるはずです」
意味深に言われ、訝しげに眉根を寄せ本と彼女を交互に見る。カリーナは微笑んだまま微動だにしない。
なので仕方なく本を受け取り、その頁をめくった。
「これは……っ」
ダリルは驚愕して、目を剥いた。
そこには前世の記憶の中でしか見たことのない日本語が、びっしり書き連ねられていた。
(まさか、カリーナも……?)
ごくりと唾を飲み込む。
本から視線を浮かせカリーナをじっと見つめると、彼女はフッと微笑んだ。
「信じてもらえないかも知れませんが、幼い頃から時々、目を覚ますとペンを握ってその本の上に突っ伏していて、そこには予言が書き連ねられているんです。まるで神の啓示を受けて無意識のうちに書き記すように……」
聖女らしい神秘性を秘めた微笑を浮かべる彼女は、幾分、自分に酔いしれていた。
「その本に書かれたことは、全てその通りになりました。――カーティス様と私のことについても、そこに書かれているんですのよ」
視線がゆるりと本に挟まれた栞へ向けられる。
ダリルは操られるようにして、栞の挟まった頁をめくった。
そこには童話のあらすじのようにこう書かれていた。
――呪われたハウエル公爵は、前妻をその呪いで失い失意の底にあったが、ようやく心を許せる相手――ダリル・コッドと出会い伴侶として結ばれることとなった。
しかし、彼も結局は呪いを恐れて彼のもとを去って行った。
信じていた者に裏切られ、深く傷ついたハウエル公爵の心を癒やしたのは聖女、カリーナ・オルフィーノであった。
清らかで美しい彼女の献身的な愛に、ハウエル公爵も彼女に惹かれ始めた。
そして二人の想いが重なった時、呪いは解かれ、二人は永遠に結ばれることとなった……――。
まるで書き手の自己陶酔に溢れた出来の悪いポエムを読まされているようで、胸が悪くなった。
これがダリルやカーティスに関わることでなければ、苦笑いで受け流すところだが、内容が内容だ。そうもいかない。
「……まさか、この通りになるように動けと私に言うんですか」
眉間に皺を寄せ、カリーナを睨み据える。
しかし、カリーナはくすりと笑って、緩く首を横に振った。
「そんなつもりはありませんわ。……だって、貴方にその気がなくとも、運命はこの通りに動くのですから」
頬の隅に挑発的な色を浮かべそう言うと、カリーナはダリルの手から本をスッと取り戻した。
そして頁を静かにめくりながら言った。
「この先、貴方がカーティス様と共にある未来をとろうとする限り、貴方はレイラ様に殺され続けますわ。そしてその度にこの日に戻される……。きっと神様は分かっているのでしょうね。愛を貫いて死んだ人間は美化されるけれど、生きている裏切り者には憎しみしか湧かないと」
本から視線を浮かせて、カリーナが意地悪く目を細める。
ダリルはカリーナの言葉に、全身からサッと血の気が引いた。
今の今まで、このやり直しは神様が与えてくれたチャンスだと思っていた。
だが、もしカリーナの言う通り、このやり直しがダリルにカーティスのもとから無様に立ち去らせるためものだとしたら……。
嫌な想像に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
ダリルの胸の内を見透かすようにくすりと笑って、カリーナはさらに続けた。
「私、死んだことはないのですが、死ぬ寸前というのはやはり、さぞ苦しいのでしょうね」
カリーナの問いかけに、嫌でも死に際の苦痛が蘇って、冷たい戦慄が全身を駆けた。
カリーナは苦悶の記憶に震えるダリルを横目で見遣りながら、パタン、と本を閉じた。
「生き返り、おめでとうございます」
まるで花の甘い香りがむせ返るような微笑みを浮かべて言ったその言葉に、ダリルの全身に戦慄が走った。
「ど、どうして、その、ことを……」
わななく喉を何とか動かして声を絞り出した。
カリーナは底しれない笑みを深めて答えた。
「だって、全てここに書かれているんですもの」
そう言って、カリーナは近くの棚に花束を置くと、小脇に抱えた本をダリルに差し出した。
「どうぞ読んでみてください。貴方なら、読めるはずです」
意味深に言われ、訝しげに眉根を寄せ本と彼女を交互に見る。カリーナは微笑んだまま微動だにしない。
なので仕方なく本を受け取り、その頁をめくった。
「これは……っ」
ダリルは驚愕して、目を剥いた。
そこには前世の記憶の中でしか見たことのない日本語が、びっしり書き連ねられていた。
(まさか、カリーナも……?)
ごくりと唾を飲み込む。
本から視線を浮かせカリーナをじっと見つめると、彼女はフッと微笑んだ。
「信じてもらえないかも知れませんが、幼い頃から時々、目を覚ますとペンを握ってその本の上に突っ伏していて、そこには予言が書き連ねられているんです。まるで神の啓示を受けて無意識のうちに書き記すように……」
聖女らしい神秘性を秘めた微笑を浮かべる彼女は、幾分、自分に酔いしれていた。
「その本に書かれたことは、全てその通りになりました。――カーティス様と私のことについても、そこに書かれているんですのよ」
視線がゆるりと本に挟まれた栞へ向けられる。
ダリルは操られるようにして、栞の挟まった頁をめくった。
そこには童話のあらすじのようにこう書かれていた。
――呪われたハウエル公爵は、前妻をその呪いで失い失意の底にあったが、ようやく心を許せる相手――ダリル・コッドと出会い伴侶として結ばれることとなった。
しかし、彼も結局は呪いを恐れて彼のもとを去って行った。
信じていた者に裏切られ、深く傷ついたハウエル公爵の心を癒やしたのは聖女、カリーナ・オルフィーノであった。
清らかで美しい彼女の献身的な愛に、ハウエル公爵も彼女に惹かれ始めた。
そして二人の想いが重なった時、呪いは解かれ、二人は永遠に結ばれることとなった……――。
まるで書き手の自己陶酔に溢れた出来の悪いポエムを読まされているようで、胸が悪くなった。
これがダリルやカーティスに関わることでなければ、苦笑いで受け流すところだが、内容が内容だ。そうもいかない。
「……まさか、この通りになるように動けと私に言うんですか」
眉間に皺を寄せ、カリーナを睨み据える。
しかし、カリーナはくすりと笑って、緩く首を横に振った。
「そんなつもりはありませんわ。……だって、貴方にその気がなくとも、運命はこの通りに動くのですから」
頬の隅に挑発的な色を浮かべそう言うと、カリーナはダリルの手から本をスッと取り戻した。
そして頁を静かにめくりながら言った。
「この先、貴方がカーティス様と共にある未来をとろうとする限り、貴方はレイラ様に殺され続けますわ。そしてその度にこの日に戻される……。きっと神様は分かっているのでしょうね。愛を貫いて死んだ人間は美化されるけれど、生きている裏切り者には憎しみしか湧かないと」
本から視線を浮かせて、カリーナが意地悪く目を細める。
ダリルはカリーナの言葉に、全身からサッと血の気が引いた。
今の今まで、このやり直しは神様が与えてくれたチャンスだと思っていた。
だが、もしカリーナの言う通り、このやり直しがダリルにカーティスのもとから無様に立ち去らせるためものだとしたら……。
嫌な想像に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
ダリルの胸の内を見透かすようにくすりと笑って、カリーナはさらに続けた。
「私、死んだことはないのですが、死ぬ寸前というのはやはり、さぞ苦しいのでしょうね」
カリーナの問いかけに、嫌でも死に際の苦痛が蘇って、冷たい戦慄が全身を駆けた。
カリーナは苦悶の記憶に震えるダリルを横目で見遣りながら、パタン、と本を閉じた。
222
お気に入りに追加
7,005
あなたにおすすめの小説

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました
ぽんちゃん
BL
双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。
そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。
この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。
だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。
そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。
両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。
しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。
幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。
そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。
アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。
初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?
同性婚が可能な世界です。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。