役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)

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おめでとうございます

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 そう言って、カリーナは不意に手に持った花束をダリルに差し出した。そして、

「生き返り、おめでとうございます」

 まるで花の甘い香りがむせ返るような微笑みを浮かべて言ったその言葉に、ダリルの全身に戦慄が走った。

「ど、どうして、その、ことを……」

 わななく喉を何とか動かして声を絞り出した。
 カリーナは底しれない笑みを深めて答えた。

「だって、全てここに書かれているんですもの」

 そう言って、カリーナは近くの棚に花束を置くと、小脇に抱えた本をダリルに差し出した。

「どうぞ読んでみてください。貴方なら、読めるはずです」

 意味深に言われ、訝しげに眉根を寄せ本と彼女を交互に見る。カリーナは微笑んだまま微動だにしない。
 なので仕方なく本を受け取り、その頁をめくった。

「これは……っ」

 ダリルは驚愕して、目を剥いた。
 そこには前世の記憶の中でしか見たことのない日本語が、びっしり書き連ねられていた。

(まさか、カリーナも……?)

 ごくりと唾を飲み込む。
 本から視線を浮かせカリーナをじっと見つめると、彼女はフッと微笑んだ。

「信じてもらえないかも知れませんが、幼い頃から時々、目を覚ますとペンを握ってその本の上に突っ伏していて、そこには予言が書き連ねられているんです。まるで神の啓示を受けて無意識のうちに書き記すように……」

 聖女らしい神秘性を秘めた微笑を浮かべる彼女は、幾分、自分に酔いしれていた。

「その本に書かれたことは、全てその通りになりました。――カーティス様と私のことについても、そこに書かれているんですのよ」

 視線がゆるりと本に挟まれた栞へ向けられる。
 ダリルは操られるようにして、栞の挟まった頁をめくった。
 そこには童話のあらすじのようにこう書かれていた。

 ――呪われたハウエル公爵は、前妻をその呪いで失い失意の底にあったが、ようやく心を許せる相手――ダリル・コッドと出会い伴侶として結ばれることとなった。
 しかし、彼も結局は呪いを恐れて彼のもとを去って行った。
 信じていた者に裏切られ、深く傷ついたハウエル公爵の心を癒やしたのは聖女、カリーナ・オルフィーノであった。
 清らかで美しい彼女の献身的な愛に、ハウエル公爵も彼女に惹かれ始めた。
 そして二人の想いが重なった時、呪いは解かれ、二人は永遠に結ばれることとなった……――。

 まるで書き手の自己陶酔に溢れた出来の悪いポエムを読まされているようで、胸が悪くなった。
 これがダリルやカーティスに関わることでなければ、苦笑いで受け流すところだが、内容が内容だ。そうもいかない。

「……まさか、この通りになるように動けと私に言うんですか」

 眉間に皺を寄せ、カリーナを睨み据える。
 しかし、カリーナはくすりと笑って、緩く首を横に振った。

「そんなつもりはありませんわ。……だって、貴方にその気がなくとも、運命はこの通りに動くのですから」

 頬の隅に挑発的な色を浮かべそう言うと、カリーナはダリルの手から本をスッと取り戻した。
 そして頁を静かにめくりながら言った。

「この先、貴方がカーティス様と共にある未来をとろうとする限り、貴方はレイラ様に殺され続けますわ。そしてその度にこの日に戻される……。きっと神様は分かっているのでしょうね。愛を貫いて死んだ人間は美化されるけれど、生きている裏切り者には憎しみしか湧かないと」

 本から視線を浮かせて、カリーナが意地悪く目を細める。
 ダリルはカリーナの言葉に、全身からサッと血の気が引いた。
 今の今まで、このやり直しは神様が与えてくれたチャンスだと思っていた。
 だが、もしカリーナの言う通り、このやり直しがダリルにカーティスのもとから無様に立ち去らせるためものだとしたら……。
 嫌な想像に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 ダリルの胸の内を見透かすようにくすりと笑って、カリーナはさらに続けた。

「私、死んだことはないのですが、死ぬ寸前というのはやはり、さぞ苦しいのでしょうね」

 カリーナの問いかけに、嫌でも死に際の苦痛が蘇って、冷たい戦慄が全身を駆けた。
 カリーナは苦悶の記憶に震えるダリルを横目で見遣りながら、パタン、と本を閉じた。
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