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ど、どうして……っ

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 どういう意味だと聞き返そうとしたダリルだったが、こちらに向けるレイラの瞳が外の暗澹たる雨雲など霞むほどに重く陰鬱な闇を孕んでこちらを睨み据えていたので、思わず息を呑んだ。
 その一瞬、怯んだ隙に、レイラの口が小さく蠢いた。その唇から、思わずそのおぞましさに背中が粟立つような低い声が漏れ出る。
 それは聞き慣れない異国の言葉のようだったが、言葉の意味は分からずとも、そこに潜む歪な悪意だけは体の芯まで震わせるほどに強く感じられた。
 言い知れぬ恐怖にすくむ胸に、突如、茨の蔦が締め上げるような激痛が走った。

「あ……ッ、がっ、あぁ……っ」

 手から力が抜け、持っていたティーカップが滑り落ち床で砕けた。
 ガシャン! と陶器の割れる嫌な音が耳をつんざくが、胸から全身に痛みが広がって、まるで鼓膜に響かない。
 胸を掻きむしるようにして胸元のシャツを両手で握りしめ、ダリルはソファに倒れた。
 その指先はカーティスの胸元の痣と同じ黒色に染まっていた。そしてその痣は指先から手の平、手首の方までじわじわと染み広がっていった。
 明らかな異変を見せ、苦痛に悶えているというのに、レイラは少しも狼狽えることなく、冷酷な微笑を浮かべたままそのさまを見つめていた。
 
「……本当に残念ですわ。せっかく最後のチャンスをあげたのに」

 冷たい嘲笑を帯びた声でそう言うと、レイラはようやくゆったりと腰を上げ、ダリルの傍まで来て冷たくその姿を見下ろした。

「ど、どうして……っ」

 苦悶の喘ぎにまみれながらも、何とか言葉を口にする。
 レイラは愚問だと言わんばかりに口元を歪めた。

「ふふっ、どうして? 決まっているでしょう。――お兄様を愛しているからです」

 毒々しいまでに甘い声で告げられた言葉に、ダリルは目を見張った。
 その反応に、レイラはくすりと満足気に微笑んだ。

「まだ呪いが完全に全身に行き渡るまで少し時間がかかるようですわね。お辛いでしょうから、おしゃべりでもして痛みを紛らわせましょう」

 そう言うと、レイラはテーブルに腰を掛けた。

「前に、お話したことがありましたよね? 私の母は凄腕の呪術師でしたが、娘の私は全くその力はなく、余所者の血も混じっていることから村中から疎まれ蔑まれ、奴隷同然の扱いを受けていたと。憶えてらっしゃいます?」

 憶えてはいたが、体中に広がる痛みで頷くことさえできなかった。
 レイラは自分から問いかけておきながら、さして返答を期待していなかったようで、さらに話を続けた。

「ごめんなさい。私、ひとつだけ嘘をついていました。――私にも呪術を扱う力があります。それも母を遥かに超える強大な力が……」

 薄く瞳を細めて禍々しい笑みを浮かべるレイラに、背筋に冷たいものが走った。
 
「母は自分の地位が揺らぐことを恐れて、周りには私に力は微塵もなく生まれ持っての病気持ちだと言って、私を家に閉じ込めていました。そのくせ、呪いの仕事は私に全て押しつけて……、あの女の顔を思い出すだけでも吐き気がします」

 憎々しげに吐き捨てるレイラの表情から、彼女がどんな酷い扱いを受けてきたかは容易に察せられた。

「あの頃の私に生きる希望などありませんでした。このまま一生この村で母に使われ続けて死ぬのだろうと思っていました。……あの日、あの夢を見るまでは」
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