66 / 86
連載
ど、どうして……っ
しおりを挟む
どういう意味だと聞き返そうとしたダリルだったが、こちらに向けるレイラの瞳が外の暗澹たる雨雲など霞むほどに重く陰鬱な闇を孕んでこちらを睨み据えていたので、思わず息を呑んだ。
その一瞬、怯んだ隙に、レイラの口が小さく蠢いた。その唇から、思わずそのおぞましさに背中が粟立つような低い声が漏れ出る。
それは聞き慣れない異国の言葉のようだったが、言葉の意味は分からずとも、そこに潜む歪な悪意だけは体の芯まで震わせるほどに強く感じられた。
言い知れぬ恐怖にすくむ胸に、突如、茨の蔦が締め上げるような激痛が走った。
「あ……ッ、がっ、あぁ……っ」
手から力が抜け、持っていたティーカップが滑り落ち床で砕けた。
ガシャン! と陶器の割れる嫌な音が耳をつんざくが、胸から全身に痛みが広がって、まるで鼓膜に響かない。
胸を掻きむしるようにして胸元のシャツを両手で握りしめ、ダリルはソファに倒れた。
その指先はカーティスの胸元の痣と同じ黒色に染まっていた。そしてその痣は指先から手の平、手首の方までじわじわと染み広がっていった。
明らかな異変を見せ、苦痛に悶えているというのに、レイラは少しも狼狽えることなく、冷酷な微笑を浮かべたままそのさまを見つめていた。
「……本当に残念ですわ。せっかく最後のチャンスをあげたのに」
冷たい嘲笑を帯びた声でそう言うと、レイラはようやくゆったりと腰を上げ、ダリルの傍まで来て冷たくその姿を見下ろした。
「ど、どうして……っ」
苦悶の喘ぎにまみれながらも、何とか言葉を口にする。
レイラは愚問だと言わんばかりに口元を歪めた。
「ふふっ、どうして? 決まっているでしょう。――お兄様を愛しているからです」
毒々しいまでに甘い声で告げられた言葉に、ダリルは目を見張った。
その反応に、レイラはくすりと満足気に微笑んだ。
「まだ呪いが完全に全身に行き渡るまで少し時間がかかるようですわね。お辛いでしょうから、おしゃべりでもして痛みを紛らわせましょう」
そう言うと、レイラはテーブルに腰を掛けた。
「前に、お話したことがありましたよね? 私の母は凄腕の呪術師でしたが、娘の私は全くその力はなく、余所者の血も混じっていることから村中から疎まれ蔑まれ、奴隷同然の扱いを受けていたと。憶えてらっしゃいます?」
憶えてはいたが、体中に広がる痛みで頷くことさえできなかった。
レイラは自分から問いかけておきながら、さして返答を期待していなかったようで、さらに話を続けた。
「ごめんなさい。私、ひとつだけ嘘をついていました。――私にも呪術を扱う力があります。それも母を遥かに超える強大な力が……」
薄く瞳を細めて禍々しい笑みを浮かべるレイラに、背筋に冷たいものが走った。
「母は自分の地位が揺らぐことを恐れて、周りには私に力は微塵もなく生まれ持っての病気持ちだと言って、私を家に閉じ込めていました。そのくせ、呪いの仕事は私に全て押しつけて……、あの女の顔を思い出すだけでも吐き気がします」
憎々しげに吐き捨てるレイラの表情から、彼女がどんな酷い扱いを受けてきたかは容易に察せられた。
「あの頃の私に生きる希望などありませんでした。このまま一生この村で母に使われ続けて死ぬのだろうと思っていました。……あの日、あの夢を見るまでは」
その一瞬、怯んだ隙に、レイラの口が小さく蠢いた。その唇から、思わずそのおぞましさに背中が粟立つような低い声が漏れ出る。
それは聞き慣れない異国の言葉のようだったが、言葉の意味は分からずとも、そこに潜む歪な悪意だけは体の芯まで震わせるほどに強く感じられた。
言い知れぬ恐怖にすくむ胸に、突如、茨の蔦が締め上げるような激痛が走った。
「あ……ッ、がっ、あぁ……っ」
手から力が抜け、持っていたティーカップが滑り落ち床で砕けた。
ガシャン! と陶器の割れる嫌な音が耳をつんざくが、胸から全身に痛みが広がって、まるで鼓膜に響かない。
胸を掻きむしるようにして胸元のシャツを両手で握りしめ、ダリルはソファに倒れた。
その指先はカーティスの胸元の痣と同じ黒色に染まっていた。そしてその痣は指先から手の平、手首の方までじわじわと染み広がっていった。
明らかな異変を見せ、苦痛に悶えているというのに、レイラは少しも狼狽えることなく、冷酷な微笑を浮かべたままそのさまを見つめていた。
「……本当に残念ですわ。せっかく最後のチャンスをあげたのに」
冷たい嘲笑を帯びた声でそう言うと、レイラはようやくゆったりと腰を上げ、ダリルの傍まで来て冷たくその姿を見下ろした。
「ど、どうして……っ」
苦悶の喘ぎにまみれながらも、何とか言葉を口にする。
レイラは愚問だと言わんばかりに口元を歪めた。
「ふふっ、どうして? 決まっているでしょう。――お兄様を愛しているからです」
毒々しいまでに甘い声で告げられた言葉に、ダリルは目を見張った。
その反応に、レイラはくすりと満足気に微笑んだ。
「まだ呪いが完全に全身に行き渡るまで少し時間がかかるようですわね。お辛いでしょうから、おしゃべりでもして痛みを紛らわせましょう」
そう言うと、レイラはテーブルに腰を掛けた。
「前に、お話したことがありましたよね? 私の母は凄腕の呪術師でしたが、娘の私は全くその力はなく、余所者の血も混じっていることから村中から疎まれ蔑まれ、奴隷同然の扱いを受けていたと。憶えてらっしゃいます?」
憶えてはいたが、体中に広がる痛みで頷くことさえできなかった。
レイラは自分から問いかけておきながら、さして返答を期待していなかったようで、さらに話を続けた。
「ごめんなさい。私、ひとつだけ嘘をついていました。――私にも呪術を扱う力があります。それも母を遥かに超える強大な力が……」
薄く瞳を細めて禍々しい笑みを浮かべるレイラに、背筋に冷たいものが走った。
「母は自分の地位が揺らぐことを恐れて、周りには私に力は微塵もなく生まれ持っての病気持ちだと言って、私を家に閉じ込めていました。そのくせ、呪いの仕事は私に全て押しつけて……、あの女の顔を思い出すだけでも吐き気がします」
憎々しげに吐き捨てるレイラの表情から、彼女がどんな酷い扱いを受けてきたかは容易に察せられた。
「あの頃の私に生きる希望などありませんでした。このまま一生この村で母に使われ続けて死ぬのだろうと思っていました。……あの日、あの夢を見るまでは」
207
お気に入りに追加
6,940
あなたにおすすめの小説
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。