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私には耐えられない
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ダリルの言葉を遮って、カーティスが淡々と訊いてきた。
「え、えっと、契約関係のことだから、書面に残した方がいいってことでは……?」
困惑しながら答えると、カーティスはフッと毒めいた甘さを含んで笑った。
「それは君を警戒させないための嘘だ。……ここの部屋の鍵は、私しか持っていない。しかも内鍵と外鍵で種類が違う。つまり、鍵を持つ私以外、この部屋を開けることができないということだ」
仄暗い安堵と恍惚を湛えた声で告げられ、目を見開く。
唖然と立ち尽くすダリルに、カーティスは唇を重ね深く口づけてきた。
「ん、ふ……っ」
いつもの深遠な愛を秘めた穏やかで優しいキスではなく、抑えられない激情が溢れ出た荒々しいものだった。
しかしその荒々しさは決して単純な怒りに任せたものではなかった。もっと様々な感情が複雑に絡み合い、互いが互いに影響し合って増幅し、もはやカーティス自身もその正体を掴みきれず、感情の渦に溺れているようだった。
だから、自分以外この部屋の鍵を開けられないと、暗澹たる喜色を浮かべた声で告げられても、単に怯えるだけにはならなかった。
むしろ憐憫にも似た愛おしさがこみ上がってきて、その背中に腕を回しそうになった。
しかし、それでは別れを切り出した意味がない。
ダリルはグッと拳を固く握って堪えて、次にはカーティスの胸元を押して無理やり顔を離した。
「だ、だめ、です……っ。カーティス様、お願いですから、もう、やめてください……っ」
もうこれ以上、自分の決心を揺るがさないでほしい……――、そんな気持ちを込めて懇願めいた声で言うと、カーティスの顔がたちまち悲しげに歪んだ。
「……そんなに、私のことが嫌、なのか……?」
すっかり打ちのめされた心から残りの力を振り絞って出すような弱々しい声で問われ、胸が一層苦しくなった。
カーティスに諦めてもらうには、たとえ非情であろうとここで頷くべきだということは明らかだ。
なのに、できなかった。ただ首を縦に一度振るだけのことなのに、少しも首は動かない。
しかし、そんなダリルの胸の内など知るはずもないカーティスは、沈黙を肯定と捉えたようで、顔を絶望の色に染め、その場にずるずるとしゃがみ込み膝をついた。
「……ダリル君、お願いだ。何でも言うことを聞く。君が望むものなら何でも差し出す。私を愛してくれなくてもいい。だから、どうか……、どうか、私の傍にいてくれ。別れたいなんて、言わないで、くれ……。君なしでこの先、生きていくなんて、私には耐えられない……っ」
カーティスは俯いたまま痛切な声で言い縋って、ギュッとシャツを握りしめた。
もしその手を軽くでも振り払ったなら、たちまち彼の心は絶望の淵へと突き落とされ二度とは這い上がれなくなるだろう。そんな姿が容易に想像できるくらい、その手に込められた力は危うげで、悲痛な必死さが滲み出ていた。
「……っ」
熱を帯びた嗚咽の気配が、喉元までせり上がってくる。
自分の言葉がこれほどまでカーティスを追い詰めてしまっていたとは思いもよらず、ここでようやく自分の選択が間違っていたことに気づいた。
その瞬間、これまで堪えていたものが堰を切って溢れ出るように、涙がぼろぼろと零れ落ちた。
頭上から落ちてきた涙に気づいて顔を上げたカーティスは、嗚咽を漏らして泣くダリルに、目を剥いた。
「ダ、ダリル君、一体どうしたんだ……?」
「え、えっと、契約関係のことだから、書面に残した方がいいってことでは……?」
困惑しながら答えると、カーティスはフッと毒めいた甘さを含んで笑った。
「それは君を警戒させないための嘘だ。……ここの部屋の鍵は、私しか持っていない。しかも内鍵と外鍵で種類が違う。つまり、鍵を持つ私以外、この部屋を開けることができないということだ」
仄暗い安堵と恍惚を湛えた声で告げられ、目を見開く。
唖然と立ち尽くすダリルに、カーティスは唇を重ね深く口づけてきた。
「ん、ふ……っ」
いつもの深遠な愛を秘めた穏やかで優しいキスではなく、抑えられない激情が溢れ出た荒々しいものだった。
しかしその荒々しさは決して単純な怒りに任せたものではなかった。もっと様々な感情が複雑に絡み合い、互いが互いに影響し合って増幅し、もはやカーティス自身もその正体を掴みきれず、感情の渦に溺れているようだった。
だから、自分以外この部屋の鍵を開けられないと、暗澹たる喜色を浮かべた声で告げられても、単に怯えるだけにはならなかった。
むしろ憐憫にも似た愛おしさがこみ上がってきて、その背中に腕を回しそうになった。
しかし、それでは別れを切り出した意味がない。
ダリルはグッと拳を固く握って堪えて、次にはカーティスの胸元を押して無理やり顔を離した。
「だ、だめ、です……っ。カーティス様、お願いですから、もう、やめてください……っ」
もうこれ以上、自分の決心を揺るがさないでほしい……――、そんな気持ちを込めて懇願めいた声で言うと、カーティスの顔がたちまち悲しげに歪んだ。
「……そんなに、私のことが嫌、なのか……?」
すっかり打ちのめされた心から残りの力を振り絞って出すような弱々しい声で問われ、胸が一層苦しくなった。
カーティスに諦めてもらうには、たとえ非情であろうとここで頷くべきだということは明らかだ。
なのに、できなかった。ただ首を縦に一度振るだけのことなのに、少しも首は動かない。
しかし、そんなダリルの胸の内など知るはずもないカーティスは、沈黙を肯定と捉えたようで、顔を絶望の色に染め、その場にずるずるとしゃがみ込み膝をついた。
「……ダリル君、お願いだ。何でも言うことを聞く。君が望むものなら何でも差し出す。私を愛してくれなくてもいい。だから、どうか……、どうか、私の傍にいてくれ。別れたいなんて、言わないで、くれ……。君なしでこの先、生きていくなんて、私には耐えられない……っ」
カーティスは俯いたまま痛切な声で言い縋って、ギュッとシャツを握りしめた。
もしその手を軽くでも振り払ったなら、たちまち彼の心は絶望の淵へと突き落とされ二度とは這い上がれなくなるだろう。そんな姿が容易に想像できるくらい、その手に込められた力は危うげで、悲痛な必死さが滲み出ていた。
「……っ」
熱を帯びた嗚咽の気配が、喉元までせり上がってくる。
自分の言葉がこれほどまでカーティスを追い詰めてしまっていたとは思いもよらず、ここでようやく自分の選択が間違っていたことに気づいた。
その瞬間、これまで堪えていたものが堰を切って溢れ出るように、涙がぼろぼろと零れ落ちた。
頭上から落ちてきた涙に気づいて顔を上げたカーティスは、嗚咽を漏らして泣くダリルに、目を剥いた。
「ダ、ダリル君、一体どうしたんだ……?」
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