役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

連載

どうしてこちらへ？

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　カリーナから治癒を受けるようになって、一ヶ月が経とうとしていた。
　カーティスの痣については、身内や信頼できる者にしか明かしておらず、徹底的に秘密が守られているおかげで、外部に漏れることはなかった。
　治癒の経過についても順調のようで、カーティスの胸元の痣は徐々にではあるが薄くなっている。
　そう簡単に治癒し切れないのは、呪いがそれだけ根深いものだということだろう。
　そう思うと、不安に胸が淀んだ。

（……でも全く歯が立たないわけじゃない。よくなってるんだから、もっと前向きに考えないと）

　手元の本から視線を上げ、時計を見遣る。

（もう少しで治癒の時間も終わるな）

　ダリルはパタンと本を閉じて、んーっと伸びをした。
　ダリルはカーティスがカリーナの治癒を受けている間、自室で本を読みながらその落ち着かない時間をやり過ごしている。
　もちろんカリーナには感謝しているし、治癒に関しては信頼している。
　しかし夜会で耳にした、カリーナがカーティスに好意を抱いているという噂がどうしても気にかかるのだ。
　しかも、類稀なる美貌の持ち主だ。あの気品を兼ね備えた美しい顔で微笑まれれば、大概の男は胸を高鳴らせることだろう。

（いやいやっ、カーティス様はちゃんと俺のことを好きって言ってくれてるのに、疑うなんて失礼だ）

　あらぬ疑念を振り払うようにして、ダリルはブンブンと頭を振った。
　すると、部屋にノックの音が響いた。

「ダリル様、よろしいでしょうか」

　扉の向こうからローマンに声を掛けられ、ダリルは「は、はい」と返事をしながら腰を上げた。
　扉を開けると、そこにはローマンと、今し方あらぬ疑いをかけてしまったカリーナが立っていた。

「カ、カリーナ様……！　どうしてこちらへ？」

　驚いて問うダリルに、カリーナはたおやかに微笑んだ。

「ダリル様に少しお話がありますの。もしよろしければ、少しだけお時間いただけないでしょうか」

　話があると言われ反射的に少し身構えるダリルだったが、断る理由もない。それにもしかするとカーティスの痣に関することかもしれない。
　ダリルは頷き「どうぞ」と部屋へ招き入れた。
　ローマンがお茶を後で持ってくると言ったが、カリーナは「この後、次の予定があってすぐに出ますので、どうぞお気遣いなく」とやんわりと断った。
　かくして二人きりとなり、向かい合わせにソファに座った。
　目が合うと、カリーナはにこりと愛想の良い、しかし何を考えているかよく分からない微笑みを浮かべた。
　ダリルはその美しい微笑にたじろぎつつも、口を開いた。

「あの、いつも治癒に来ていただいてありがとうございます。おかげでカーティス様の痣も薄くなっていて、本当に聖女様の力はすごいですね」

　その無難な話の切り出し方は緊張と気まずさを紛らわすためでもあったが、同時に心からの言葉でもあった。
　カーティスの痣がこれ以上広がらず、呪いの深刻化を防いでいるのは紛れもなくカリーナのおかげなのだ。いくら感謝してもしきれない。
　ダリルの言葉に、カリーナは微笑みを深めた。

「そう言ってくださり嬉しい限りですわ。でも、私の力なんてちっぽけなものです。なかなか消えないカーティス様の痣を見るたび、もっと私に力があればと、自分の無力さを痛感するばかりです」

　憂いを帯びた溜め息を吐くカリーナに、ダリルは「そんなことありませんっ」とやや語気を強めて否定した。

「カリーナ様は本当にすごいです。たった一ヶ月で痣を薄くすることができてるんですから。きっとカリーナ様がいなかったらカーティス様はもっと不安で仕方なかったと思います。……むしろ、無力なのは私の方です。私は何もできない……」

　自嘲気味に言ってダリルは俯いた。