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構わないじゃないか
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カーティスにお願いされ一緒のベッドに寝ることになって久しいが、最近、カーティスが寝室に来なくなったのだ。
執務が忙しいらしいが、以前であればたとえダリルが先に寝ていたとしても、後から音もなくベッドに入ってきて一緒に寝ていた。
朝目覚めた時に、寝る前にはいなかったカーティスのあの異様に整った顔が眼前にあるのは毎度のことながら心臓に悪かったが、ひとりの寂しさに比べれば遥かによかった。
(どうしたんだろう……。何か俺、寝てる間に変なことしたかな……?)
眠っている時のことなど当然、自分では分からないので考えても無駄なことなのだが、それでも悶々と考え続けてしまう。
(そういえば最近、全然触れてこないな……)
契約結婚が延長となってから、ダリルを振り向かせるため積極的にアプローチしてきていたのに、近頃は触れるどころか態度さえどこかよそよそしく、距離を置かれているように感じる。
何か百年の恋も冷めるようなことでもしてしまっただろうかと、自分の言動を振り返るが、思い当たる節はない。
頭の芯が痺れるほどに考えて、ふぅと溜め息を吐く。
(……別に、気持ちが冷めても構わないじゃないか。離縁する時は慰謝料をしっかり払うって約束してくれてるし)
契約結婚の延長を申し出てきた時の契約内容を思い出す。
それと同時に、あの時の向けられたひたむきな恋慕の眼差しが脳裏によぎって、慌てて頭を振る。
(これまでの蓄えもある。田舎なら小さな家一軒くらい買ってもまだ十分あまるくらいだ。そこで畑も作って自給自足しながらスローライフ)
それは悪役令息の役目を終えた第二の人生でどう過ごすか、ダリルがずっと頭の中で描いていた理想の計画だ。
(ネイトはコッド家を継ぐから卒業後も忙しいだろうけど、きっと時々は顔を見せに来てくれる。だから寂しくない。それにもしかすると、素敵な恋人だってできるかもしれない。そしたら、契約結婚なんかじゃなくて、本当に愛し合った人と結婚して……――)
そこまで考えて、涙がぽろりと零れた。
悪役令息の役目に縛られている時は、第二の人生を夢想するのが楽しくて仕方がなかった。
しかしその時と同じ夢を頭の中でなぞっているのに、心は少しもわくわくしない。
なぜなら、そこにはカーティスがいないから――。
「……っ」
気づけば涙がぼろぼろと溢れてきた。
思い描く未来の中に、カーティスがいないことがこんなにも悲しいものだとは思いもしなかった。
だが、気づくのが遅すぎた。
いつもカーティスが寝ているところに顔をうずめて、深く息を吸い込む。
カーティスの残り香が、体に心地よく染み渡る。なのに、心は切なく締め付けられる。
一体、いつからだろう。
カーティスの匂いにこんなにも甘やかな心地よさを感じ始めたのは……。
確かなのは、日に日に薄れていくこの残り香が完全に消え去った時、カーティスの隣が自分の居場所でなくなるのだろうということだけだった。
****
とある夕刻、屋敷に来訪者があった。
その日はカーティスが珍しく早く帰ってくると聞いていたので、今夜は久しぶりに夕食を一緒にとれると彼の帰りを楽しみに待っていた。
だからてっきりカーティスが帰ってきたのだと思ったダリルは、弾む足取りで玄関まで向かった。
しかし、そこにいたのは予想だにしていない人物だった。
「聖女、様……?」
目つきの悪い神官を連れたカリーナに目を見開いて驚く。
カリーナはダリルに気づくと、たおやかに微笑みかけてきた。
執務が忙しいらしいが、以前であればたとえダリルが先に寝ていたとしても、後から音もなくベッドに入ってきて一緒に寝ていた。
朝目覚めた時に、寝る前にはいなかったカーティスのあの異様に整った顔が眼前にあるのは毎度のことながら心臓に悪かったが、ひとりの寂しさに比べれば遥かによかった。
(どうしたんだろう……。何か俺、寝てる間に変なことしたかな……?)
眠っている時のことなど当然、自分では分からないので考えても無駄なことなのだが、それでも悶々と考え続けてしまう。
(そういえば最近、全然触れてこないな……)
契約結婚が延長となってから、ダリルを振り向かせるため積極的にアプローチしてきていたのに、近頃は触れるどころか態度さえどこかよそよそしく、距離を置かれているように感じる。
何か百年の恋も冷めるようなことでもしてしまっただろうかと、自分の言動を振り返るが、思い当たる節はない。
頭の芯が痺れるほどに考えて、ふぅと溜め息を吐く。
(……別に、気持ちが冷めても構わないじゃないか。離縁する時は慰謝料をしっかり払うって約束してくれてるし)
契約結婚の延長を申し出てきた時の契約内容を思い出す。
それと同時に、あの時の向けられたひたむきな恋慕の眼差しが脳裏によぎって、慌てて頭を振る。
(これまでの蓄えもある。田舎なら小さな家一軒くらい買ってもまだ十分あまるくらいだ。そこで畑も作って自給自足しながらスローライフ)
それは悪役令息の役目を終えた第二の人生でどう過ごすか、ダリルがずっと頭の中で描いていた理想の計画だ。
(ネイトはコッド家を継ぐから卒業後も忙しいだろうけど、きっと時々は顔を見せに来てくれる。だから寂しくない。それにもしかすると、素敵な恋人だってできるかもしれない。そしたら、契約結婚なんかじゃなくて、本当に愛し合った人と結婚して……――)
そこまで考えて、涙がぽろりと零れた。
悪役令息の役目に縛られている時は、第二の人生を夢想するのが楽しくて仕方がなかった。
しかしその時と同じ夢を頭の中でなぞっているのに、心は少しもわくわくしない。
なぜなら、そこにはカーティスがいないから――。
「……っ」
気づけば涙がぼろぼろと溢れてきた。
思い描く未来の中に、カーティスがいないことがこんなにも悲しいものだとは思いもしなかった。
だが、気づくのが遅すぎた。
いつもカーティスが寝ているところに顔をうずめて、深く息を吸い込む。
カーティスの残り香が、体に心地よく染み渡る。なのに、心は切なく締め付けられる。
一体、いつからだろう。
カーティスの匂いにこんなにも甘やかな心地よさを感じ始めたのは……。
確かなのは、日に日に薄れていくこの残り香が完全に消え去った時、カーティスの隣が自分の居場所でなくなるのだろうということだけだった。
****
とある夕刻、屋敷に来訪者があった。
その日はカーティスが珍しく早く帰ってくると聞いていたので、今夜は久しぶりに夕食を一緒にとれると彼の帰りを楽しみに待っていた。
だからてっきりカーティスが帰ってきたのだと思ったダリルは、弾む足取りで玄関まで向かった。
しかし、そこにいたのは予想だにしていない人物だった。
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カリーナはダリルに気づくと、たおやかに微笑みかけてきた。
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