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もっと深く重く強固なものでなければ
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「あら、いやだ。この聖女の力は自分の欲望のために使うものではないわよ」
もちろん貴方の欲望のために使うものでもなくってよ……――、笑みの形に細めた瞳がそう言っているように見えた。
ジルドは苦笑した。
「ですが、今回わざわざこの国に来たのはハウエル公爵に会うため――、ハウエル公爵とその伴侶との間に割り込めるか、その関係を見定めに来たのでしょう?」
こちらを見透かす微笑が気に食わず、仕返しのように意地悪く問う。
カリーナは微笑んだまま何も答えない。
その態度も気に食わず、ジルドはハッと鼻を鳴らした。
「残念ですが、入り込む余地はなさそうですよ。ハウエル公爵はあの伴侶にべた惚れです」
カリーナに命じられ、二人の様子を夜会の間ずっと見ていたが、あの冷たい無表情の男がこんなにも表情を変えるものなのかと驚くほどに、ダリルの隣にいる時のカーティスの表情は柔らかく、瞳からは甘い恋情が漏れ出ていた。
カーティスがダリルに惚れ込んでいるのは誰の目から見ても明らかで、たとえ美しい聖女であろうと彼を振り向かせるのは難しいだろう。
しかし、カリーナはジルドの言葉に笑みを深めた。
「あらそう。それは――、実に喜ばしいことだわ」
「え?」
思いがけない言葉にジルドは目を見張った。
最初、それは勝ち目がないと分かった彼女の負け惜しみなのかと思ったが、顔を見れば違うとすぐに分かった。
カリーナの顔にはいつもの何を考えているか分からない神々しい微笑が貼りついてはいるものの、その口元にはまるで悪魔か何かのような妖しく蠱惑的な雰囲気が漂っていた。
ジルドは思わず息を呑んだ。
「……ねぇ、ジルド。貴方は最近、いつ、誰に、どんなことで感謝したか、憶えてる?」
「えっ? え、えっと、そうですね……」
唐突な質問に戸惑いながら記憶を遡る。しかし、カリーナはその答えを待つことなく話を続けた。
「ふふっ、すぐに答えられないわよね。つまり感謝っていうのはその程度のものなのよ。その時どんなに感謝しても、時が経てばすぐに薄れていく儚いもの……。――それじゃあ、だめなのよ」
薔薇のつぼみに喩えられることもあるカリーナのその可憐な紅唇が、歪にうねった。
ぞくり、と背中が冷たく粟立った。
「永遠に二人の愛を結ぶのに、そんな儚いものではだめだわ。もっと深く重く強固なものでなければ……」
仄暗い眼差しを向けられ、ジルドはごくりと唾を飲み込んだ。
そして、悟った。この国の滞在期間がもう少し長くなりそうだと……。
ジルドは大きく溜め息を吐いた。
「……分かりましたよ。それじゃあ教団には布教活動のため滞在期間を伸ばすと伝えておきます。ウルド侯爵にも、もう少し屋敷に滞在させてもらえないか交渉しないとですね。まぁ、敬愛する聖女様のお願いとあらば二つ返事で承諾してくれると思いますがね」
「ふふふ、ありがとう。さすがジルド。気が利くわね。貴方のそういうところ好きよ」
歪な微笑を消してたおやかに笑うカリーナのその白々しさに、肩をすくめる。
「はいはい、それはどうもありがとうございます。それより、滞在期間を伸ばすんですから、ちゃんとハウエル公爵をものにしてくださいね」
「ええ、大丈夫よ。心配ないわ」
「心配ないって、何か策はあるんですか」
軽く返すカリーナに、ジルドは呆れ気味に訊いた。
いくら類稀なる美貌を持つ聖女でも、相手は既婚者だ。既婚者を振り向かせるのはそう簡単なことではない。
もちろん貴方の欲望のために使うものでもなくってよ……――、笑みの形に細めた瞳がそう言っているように見えた。
ジルドは苦笑した。
「ですが、今回わざわざこの国に来たのはハウエル公爵に会うため――、ハウエル公爵とその伴侶との間に割り込めるか、その関係を見定めに来たのでしょう?」
こちらを見透かす微笑が気に食わず、仕返しのように意地悪く問う。
カリーナは微笑んだまま何も答えない。
その態度も気に食わず、ジルドはハッと鼻を鳴らした。
「残念ですが、入り込む余地はなさそうですよ。ハウエル公爵はあの伴侶にべた惚れです」
カリーナに命じられ、二人の様子を夜会の間ずっと見ていたが、あの冷たい無表情の男がこんなにも表情を変えるものなのかと驚くほどに、ダリルの隣にいる時のカーティスの表情は柔らかく、瞳からは甘い恋情が漏れ出ていた。
カーティスがダリルに惚れ込んでいるのは誰の目から見ても明らかで、たとえ美しい聖女であろうと彼を振り向かせるのは難しいだろう。
しかし、カリーナはジルドの言葉に笑みを深めた。
「あらそう。それは――、実に喜ばしいことだわ」
「え?」
思いがけない言葉にジルドは目を見張った。
最初、それは勝ち目がないと分かった彼女の負け惜しみなのかと思ったが、顔を見れば違うとすぐに分かった。
カリーナの顔にはいつもの何を考えているか分からない神々しい微笑が貼りついてはいるものの、その口元にはまるで悪魔か何かのような妖しく蠱惑的な雰囲気が漂っていた。
ジルドは思わず息を呑んだ。
「……ねぇ、ジルド。貴方は最近、いつ、誰に、どんなことで感謝したか、憶えてる?」
「えっ? え、えっと、そうですね……」
唐突な質問に戸惑いながら記憶を遡る。しかし、カリーナはその答えを待つことなく話を続けた。
「ふふっ、すぐに答えられないわよね。つまり感謝っていうのはその程度のものなのよ。その時どんなに感謝しても、時が経てばすぐに薄れていく儚いもの……。――それじゃあ、だめなのよ」
薔薇のつぼみに喩えられることもあるカリーナのその可憐な紅唇が、歪にうねった。
ぞくり、と背中が冷たく粟立った。
「永遠に二人の愛を結ぶのに、そんな儚いものではだめだわ。もっと深く重く強固なものでなければ……」
仄暗い眼差しを向けられ、ジルドはごくりと唾を飲み込んだ。
そして、悟った。この国の滞在期間がもう少し長くなりそうだと……。
ジルドは大きく溜め息を吐いた。
「……分かりましたよ。それじゃあ教団には布教活動のため滞在期間を伸ばすと伝えておきます。ウルド侯爵にも、もう少し屋敷に滞在させてもらえないか交渉しないとですね。まぁ、敬愛する聖女様のお願いとあらば二つ返事で承諾してくれると思いますがね」
「ふふふ、ありがとう。さすがジルド。気が利くわね。貴方のそういうところ好きよ」
歪な微笑を消してたおやかに笑うカリーナのその白々しさに、肩をすくめる。
「はいはい、それはどうもありがとうございます。それより、滞在期間を伸ばすんですから、ちゃんとハウエル公爵をものにしてくださいね」
「ええ、大丈夫よ。心配ないわ」
「心配ないって、何か策はあるんですか」
軽く返すカリーナに、ジルドは呆れ気味に訊いた。
いくら類稀なる美貌を持つ聖女でも、相手は既婚者だ。既婚者を振り向かせるのはそう簡単なことではない。
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