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残念でしたねぇ、聖女様
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「残念でしたねぇ、聖女様」
夜会の帰りの馬車の中、ヴィルガ教神官、ジルド・グエールリは、向かいに座る聖女、カリーナにやや嫌味っぽく言った。
カリーナは膝の上に置いた本から顔を上げた。ジルドの嫌味な物言いなど意に介さず、その表情は美しい微笑を湛えている。
聖女ということが関係しているのかどうかは分からないが、彼女は同じ人間とは思えないほどの美貌の持ち主で、まるで天才画家が命を削ってまでして描いた最高傑作から不意に出てきた女神のようだ。
劣情を抱くことすらおこがましく思えるその神聖な美しさに、性別問わず人々は皆、魅了される。
(確かに綺麗だが、何を考えているか分からねぇこの笑顔は、相変わらず不気味で不愉快だな)
信仰心が薄く宗教をビジネスとしか考えていないジルドは、胸の内で毒づいた。
教団上層部の父親のコネで神官をしているだけであり、他の神官のように彼女を崇め奉るような気持ちは微塵もない。
(まぁ、この女の笑みにときめかねぇ男は俺くらいなものだろうな。――いや、一人いたか)
ジルドは夜会で会ったハウエル公爵、カーティスを思い出した。
カーティスもカリーナに劣らぬ美貌の持ち主で、二人が立って並ぶ姿は一枚の絵のようでもあり、周囲からうっとりとした嘆息がいくつも漏れたほどだ。
しかし、カーティスはカリーナに少しも笑みを見せることなく、終始無表情であった。
大概の男とアルファはたとえ既婚者であろうと、カリーナの美貌に息を呑み、明らかに彼女を女性として意識した態度をとるものだが、カーティスにはそれが少しもなかった。
ジルドはそのことに大層驚いたが、恋愛ごとに関心の薄い、いや皆無の男なのだろうと納得した。
しかし、そうではないことを彼の伴侶、ダリルの隣りにいる柔らかな表情を見て悟った。
「何が残念なの? ジルド」
カリーナが膝の上の本を閉じながら訊く。
訊かずとも、聡い彼女ならこの嫌味な言い方から十分わかっているだろうにと思いつつも、ジルドは答えた。
「ハウエル公爵ですよ。あの男、全く貴女になびく素振りすら見せなかったじゃないですか。だからあの時、ハウエル公爵家に飛んで行くべきだったんですよ」
ジルドは肩を竦め、大袈裟に溜め息を吐いた。
あの時というのは、ハウエル公爵の一人息子、カイルの顔に痣が現れた時のことだ。
カイルを心配した叔母のアドレイド辺境伯が聖女の噂を聞きつけ、呪いの癒やしを依頼してきたのだ。
大国で力を持つハウエル公爵とアドレイド辺境伯に恩を売る絶好のチャンスであり、ジルドとしてはすぐにでも行くべきだと考えた。
しかし当時、オネアゼア国周辺では戦争が絶えず、国からの命もあり、同盟国の兵士たちの治癒等に奔走していた。
また周辺国には信者や古くから関係の深い貴族などが多くおり、戦争で傷ついた者たちを放って遠くの国の貴族のもとへ行くのはあまりに印象が悪いというのが、教団上層部の考えだった。
ジルドとしては、教団を拡大するには古くからの縁故よりも、新しい勢力を取り入れた方がいいと訴えたが、頭の固い上層部に響くわけがなかった。
「あの時、ハウエル公爵のもとに駆けつけて、息子の呪いを癒やしておけば、ハウエル公爵は貴女に心から感謝し、何なら惚れていたかもしれませんよ」
自分を絶望から救い出してくれた美しい恩人に惚れない人間などまずいないだろう。
(まぁ、感謝なんて一時的な感情だがな)
しかし結婚してしまえばこちらのものだ。
大国の貴族と親族として関係ができれば、教団の勢力拡大に大きく寄与すること間違いなしだ。
そんなジルドの魂胆を見透かすように、カリーナはくすりと笑った。
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