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どうか、ご自身のことを一番に考えてください
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レイラは顔を上げると、ダリルを気遣いように、健気に笑ってみせた。
「でも、幸いにもお父様が身寄りのない私を引き取ってくれて、それからは幸せでしたわ。美味しい食事も温かいベッドもあって……。そして何より、優しい家族が――大好きなお兄様がいました。お兄様は私の生まれを蔑んだりせず、私を家族として、妹として大事にしてくれました」
大切な思い出に触れるように胸元に手をあて、レイラは柔らかに微笑んだ。
その笑みから、カーティスがどれだけ彼女にとって大事な存在であるかが伝わってきて、温かな気持ちになった。
「もう呪いなんてものとは無縁の生活を送れると思っていました。――だから、クリスティーナ様があんな亡くなり方をするなんて本当にショックでした」
レイラは拳に悲しげな影を落として、胸元をぎゅっと握りしめた。
「もちろんハウエル家が呪われているとは思いたくありませんわ。ですが、クリスティーナ様のご遺体は明らかに異様でした。うまく言葉にはできませんが、禍々しい力の残滓のようなものを感じたのです……」
まるで呪いの影に怯えるようにして言って、レイラは震える自身の体を抱きすくめた。
「私は、呪いの恐ろしさも執拗さも酷たらしさもこの目で見てきました。だからこそ、大事な友達であるダリル様には無事でいてほしいんです……。もちろん、お兄様を心から愛して一緒にいたいと思うなら私は何も言いませんわ。ですが、もしお兄様を気遣ってということであるなら、ハウエル家を離れた方がいいと思います。……どうか、ご自身のことを一番に考えてください」
レイラは手を伸ばすと、ダリルの手をぎゅっと包み込んだ。
真っ直ぐ向けられる眼差しからは、自身の悲しい過去を晒してまで忠告をくれるレイラの優しさと誠実さが痛いほどに感じられた。
だが、呪いを恐れてカーティスのもとを立ち去るというのは、どうにも躊躇われた。
「……ごめんなさい、暗い話をしてしまって。そういえば、お兄様から聞きましたわ。今度、夜会にお兄様と一緒に行かれるのでしょう? ふふっ、わくわくしますわね」
レイラはダリルの手から手を引くと、湿っぽさを霧散させるように明るく話題を変えた。
ダリルもそれに乗じて、おどけた苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
「いやぁ……、正直なところ夜会には行きたくないんです」
「あら、どうしてですの?」
「いや、その……」
不思議そうに訊かれ、ダリルは躊躇いがちに答えた。
「会いたくない人に会う可能性もありますし、それにあのカーティス様の隣に立つっていうのがどうも気が引けるというか……」
これまで公に姿を現さなかったハウエル公爵の伴侶が、自分のような地味で見目も良くない人間となれば、周囲から向けられる落胆と蔑みは容易に想像できる。
それに貴族が集まる場だ。元婚約者であるアルフレッドがいないとは言い切れない。
当初はあくまでカイルの母となるための契約だったため、ダリルの将来を配慮して公の場には出なくていいということだったが、契約延長期間はカーティスの伴侶として契約を結んだのだ。夜会への出席は免れない。
「ふふ、大丈夫ですわよ。ダリル様は十分魅力的なお方ですから」
ゆったりと微笑んで、レイラは紅茶を口に運んだ。
「それにしても、ダリル様が嫌がっているというのに夜会に連れ出そうとするなんて、お兄様もそんな強引なところがあったのですね。意外ですわ」
くすくすと口元に手を当てレイラが笑う。ダリルは苦笑混じりに溜め息を吐いた。
「もしかするとアドレイド辺境伯のアドバイスなのかもしれません……。アドレイド辺境伯はカーティス様を応援しているようなので」
「あら、そうでしょうか? 案外、お兄様の独断かもしれませんわよ。ほら、ダーラお義姉様も仰っていたじゃありませんか。ハウエル家のアルファは強引だからお気をつけてと」
「でも、幸いにもお父様が身寄りのない私を引き取ってくれて、それからは幸せでしたわ。美味しい食事も温かいベッドもあって……。そして何より、優しい家族が――大好きなお兄様がいました。お兄様は私の生まれを蔑んだりせず、私を家族として、妹として大事にしてくれました」
大切な思い出に触れるように胸元に手をあて、レイラは柔らかに微笑んだ。
その笑みから、カーティスがどれだけ彼女にとって大事な存在であるかが伝わってきて、温かな気持ちになった。
「もう呪いなんてものとは無縁の生活を送れると思っていました。――だから、クリスティーナ様があんな亡くなり方をするなんて本当にショックでした」
レイラは拳に悲しげな影を落として、胸元をぎゅっと握りしめた。
「もちろんハウエル家が呪われているとは思いたくありませんわ。ですが、クリスティーナ様のご遺体は明らかに異様でした。うまく言葉にはできませんが、禍々しい力の残滓のようなものを感じたのです……」
まるで呪いの影に怯えるようにして言って、レイラは震える自身の体を抱きすくめた。
「私は、呪いの恐ろしさも執拗さも酷たらしさもこの目で見てきました。だからこそ、大事な友達であるダリル様には無事でいてほしいんです……。もちろん、お兄様を心から愛して一緒にいたいと思うなら私は何も言いませんわ。ですが、もしお兄様を気遣ってということであるなら、ハウエル家を離れた方がいいと思います。……どうか、ご自身のことを一番に考えてください」
レイラは手を伸ばすと、ダリルの手をぎゅっと包み込んだ。
真っ直ぐ向けられる眼差しからは、自身の悲しい過去を晒してまで忠告をくれるレイラの優しさと誠実さが痛いほどに感じられた。
だが、呪いを恐れてカーティスのもとを立ち去るというのは、どうにも躊躇われた。
「……ごめんなさい、暗い話をしてしまって。そういえば、お兄様から聞きましたわ。今度、夜会にお兄様と一緒に行かれるのでしょう? ふふっ、わくわくしますわね」
レイラはダリルの手から手を引くと、湿っぽさを霧散させるように明るく話題を変えた。
ダリルもそれに乗じて、おどけた苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
「いやぁ……、正直なところ夜会には行きたくないんです」
「あら、どうしてですの?」
「いや、その……」
不思議そうに訊かれ、ダリルは躊躇いがちに答えた。
「会いたくない人に会う可能性もありますし、それにあのカーティス様の隣に立つっていうのがどうも気が引けるというか……」
これまで公に姿を現さなかったハウエル公爵の伴侶が、自分のような地味で見目も良くない人間となれば、周囲から向けられる落胆と蔑みは容易に想像できる。
それに貴族が集まる場だ。元婚約者であるアルフレッドがいないとは言い切れない。
当初はあくまでカイルの母となるための契約だったため、ダリルの将来を配慮して公の場には出なくていいということだったが、契約延長期間はカーティスの伴侶として契約を結んだのだ。夜会への出席は免れない。
「ふふ、大丈夫ですわよ。ダリル様は十分魅力的なお方ですから」
ゆったりと微笑んで、レイラは紅茶を口に運んだ。
「それにしても、ダリル様が嫌がっているというのに夜会に連れ出そうとするなんて、お兄様もそんな強引なところがあったのですね。意外ですわ」
くすくすと口元に手を当てレイラが笑う。ダリルは苦笑混じりに溜め息を吐いた。
「もしかするとアドレイド辺境伯のアドバイスなのかもしれません……。アドレイド辺境伯はカーティス様を応援しているようなので」
「あら、そうでしょうか? 案外、お兄様の独断かもしれませんわよ。ほら、ダーラお義姉様も仰っていたじゃありませんか。ハウエル家のアルファは強引だからお気をつけてと」
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