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願わくば
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(もしかして『神から授かった力をそんな私欲のために使うな』みたいな感じで怒ってるとか……?)
あり得るはずのない例え話のつもりだったのだが、真面目なカーティスからすると不謹慎に思えたのかもしれない。
慌てて弁解しようとしたダリルだったが、それよりも早くカーティスが口を開いた。
「……君が私以外の人間にこうして癒やしを与える姿を想像すると、嫉妬でどうにかなりそうだ」
どこか不貞腐れるような子供っぽさを声に滲ませて言うと、カーティスはまるでダリルを腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
てっきり自分の不謹慎さを咎められるのではないかと身構えていたダリルは、思いがけない言葉に面食らった。
「い、いや、例え話ですよ?」
「例え話だとしても不愉快になる想像だ。……こうして一緒に寝ている私が言っても説得力はないが、君は男に対して警戒心がなさすぎる」
強く叱責する風ではないが、非難めいた色は隠せていない。
「だ、大丈夫ですよ。冗談のつもりで言っただけなので本気にしないでください。それにさすがの私でも誰彼構わず一緒に寝るわけではないですよ。信頼できるカーティス様だからこそ一緒に寝てるんです」
確かにオメガとしての自覚が足りないことは自分でもわかっているが、さすがに信用の置けない見ず知らずの他人と一緒に寝るなどという軽率な真似はしない。
自分から言い出した冗談ではあるが、カーティスにそんな軽薄な人間だと思われていたのかと少し悲しくなり、つい拗ねたようなやや強い語気で返してしまった。
すると、心配しての忠告を突っぱねるような真似をされたにも関わらず、カーティスはふっと柔らかな吐息混じりの笑みを漏らした。
「そうか、それならよかった」
至極嬉しそうに言って、鼻先をダリルの頭にゆるりと擦り寄せた。
「……願わくばこの先もずっとこの匂いで私だけを癒やしてほしいものだ」
耳の傍で吐息のような薄い声で囁かれる。いや、つい唇から心の声が零れ落ちた、という方が正しいのかもしれない。
その証拠に、耳に届いた声にダリルへ直接訴えかけるような力強さはなく、誰に聞かせるでもなく呟いた独り言のように儚げだった。
ダリルは聞こえてしまったその声に戸惑いつつも、ここで安易な返事をするわけにもいかず、そっと瞼を閉じて、カーティスの神への祈りめいた独り言には気づかない振りをした。
確かに、カーティスがダリルの匂いに癒やしを感じるように、ダリルもカーティスの匂いに心地よさを感じている。
だが、それがオメガの特性によるものなのか、それともカーティス自身への好意の表れなのか、今の段階では分からなかった。
だから、カーティスの匂いに対する心地よさの正体がはっきりした時、儚げでありながら芯に切実さを秘めたこの独り言に答えよう……――。そう、思った。
****
「でも、本当によかったですわ。ダリル様がお兄様の願いを聞き入れてくれて」
手入れの行き届いた庭園に設けられた一席で、向かいに座るレイラが朗らかに笑って言った。
体が弱いためアドレイドのようにハウエル公爵邸へ遊びに来ることはあまりないが、カーティスからダリルが紅茶好きだと聞いたらしく、よくお茶会に誘ってくれるようになったのだ。
「レイラ様にそう言っていただけてよかったです」
「当然ですわ。だってダリル様は私にとって大事な茶飲み友達ですもの。離縁したらさすがに誘いにくいですわ」
唇を尖らせて言うと、レイラは紅茶を口に運んだ。
あり得るはずのない例え話のつもりだったのだが、真面目なカーティスからすると不謹慎に思えたのかもしれない。
慌てて弁解しようとしたダリルだったが、それよりも早くカーティスが口を開いた。
「……君が私以外の人間にこうして癒やしを与える姿を想像すると、嫉妬でどうにかなりそうだ」
どこか不貞腐れるような子供っぽさを声に滲ませて言うと、カーティスはまるでダリルを腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
てっきり自分の不謹慎さを咎められるのではないかと身構えていたダリルは、思いがけない言葉に面食らった。
「い、いや、例え話ですよ?」
「例え話だとしても不愉快になる想像だ。……こうして一緒に寝ている私が言っても説得力はないが、君は男に対して警戒心がなさすぎる」
強く叱責する風ではないが、非難めいた色は隠せていない。
「だ、大丈夫ですよ。冗談のつもりで言っただけなので本気にしないでください。それにさすがの私でも誰彼構わず一緒に寝るわけではないですよ。信頼できるカーティス様だからこそ一緒に寝てるんです」
確かにオメガとしての自覚が足りないことは自分でもわかっているが、さすがに信用の置けない見ず知らずの他人と一緒に寝るなどという軽率な真似はしない。
自分から言い出した冗談ではあるが、カーティスにそんな軽薄な人間だと思われていたのかと少し悲しくなり、つい拗ねたようなやや強い語気で返してしまった。
すると、心配しての忠告を突っぱねるような真似をされたにも関わらず、カーティスはふっと柔らかな吐息混じりの笑みを漏らした。
「そうか、それならよかった」
至極嬉しそうに言って、鼻先をダリルの頭にゆるりと擦り寄せた。
「……願わくばこの先もずっとこの匂いで私だけを癒やしてほしいものだ」
耳の傍で吐息のような薄い声で囁かれる。いや、つい唇から心の声が零れ落ちた、という方が正しいのかもしれない。
その証拠に、耳に届いた声にダリルへ直接訴えかけるような力強さはなく、誰に聞かせるでもなく呟いた独り言のように儚げだった。
ダリルは聞こえてしまったその声に戸惑いつつも、ここで安易な返事をするわけにもいかず、そっと瞼を閉じて、カーティスの神への祈りめいた独り言には気づかない振りをした。
確かに、カーティスがダリルの匂いに癒やしを感じるように、ダリルもカーティスの匂いに心地よさを感じている。
だが、それがオメガの特性によるものなのか、それともカーティス自身への好意の表れなのか、今の段階では分からなかった。
だから、カーティスの匂いに対する心地よさの正体がはっきりした時、儚げでありながら芯に切実さを秘めたこの独り言に答えよう……――。そう、思った。
****
「でも、本当によかったですわ。ダリル様がお兄様の願いを聞き入れてくれて」
手入れの行き届いた庭園に設けられた一席で、向かいに座るレイラが朗らかに笑って言った。
体が弱いためアドレイドのようにハウエル公爵邸へ遊びに来ることはあまりないが、カーティスからダリルが紅茶好きだと聞いたらしく、よくお茶会に誘ってくれるようになったのだ。
「レイラ様にそう言っていただけてよかったです」
「当然ですわ。だってダリル様は私にとって大事な茶飲み友達ですもの。離縁したらさすがに誘いにくいですわ」
唇を尖らせて言うと、レイラは紅茶を口に運んだ。
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