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いや、本当にそんな大したものでは……
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「君は自覚がないのかもしれないが、君がカイルにもたらす影響は計り知れないものだ。現に、君がいなければカイルは今夜の晩餐会に顔を出すことはなかった」
「え?」
ダリルは思わず目を見開いた。
ティーカップをテーブルに置くと、カーティスは言葉を継いだ。
「実は、アドレイド辺境伯たちが来た時、カイルと一緒に出迎えようとしたのだが、直前になってカイルは踵を返して自分の部屋に戻ったんだ。後で部屋を訪ねると、ベッドの縁に座ってすすり泣いていた。そして私の顔を見るとすぐに謝ってきた。『ごめんなさい。行かないとって分かってるんだけど、体が言うことをきかなくて……』と」
眉根を寄せ、痛ましげな表情を見せるカーティスに、カイルがどんな表情でその言葉を言ったかは容易に想像ができた。
以前アドレイドがカイルと会った時に自分のせいで彼をひどく傷つけてしまったという話を聞いていたので、なおさらその時のカイルの心境を思うと胸が痛かった。
「もちろんカイルに無理強いはさせたくなかった。だが、アドレイド辺境伯やレイラたちが、カイルのことをどれだけ心配しているかも、そして今日会えるのをどれだけ楽しみにしくれていたかも知っている私としては、ひと目だけでもいいから会わせたかった」
カーティスの気持ちも痛いほど分かった。
可愛い我が子に無理をさせたくないのは親として当然の気持ちだ。
だが、アドレイドたちがどれだけカイルのことを心配しているか知っていればこそ、痣も薄くなり笑顔を見せるようになったカイルに会わせたいと思うのもまた当然のことだった。
「カイルの隣りに座っていろいろと説得を試みたが、全くだめだった。ごめんなさいと謝るばかりで私も段々心苦しくなってきた。これ以上説得してもカイルを追い詰めるだけだと諦めようとした時、ローマンが迎えに来てくれたんだ」
「ローマンさんが?」
思わぬ人物の登場に目を丸くする。
(そういえば、アドレイド辺境伯たちと挨拶している時、姿が見えなかったような……)
しかしまさかカイルの部屋に行っているとは思いもしなかった。
「そして言ったんだ。ダリル君が広間でアドレイド辺境伯たちと挨拶をしているがひどく緊張しているようでとても心細そうだと」
「えっ」
ダリルは目を見開いた。
確かに緊張はしていたがそんなに傍目から見て分かるほどだったのだろうかと思うと、今更ながらひどく恥ずかしくなり顔が熱くなった。
カーティスは羞恥するダリルをフォローするように言い加えた。
「もちろん、カイルを焚きつけるために大袈裟に言ったのだろう。だが、効果はてきめんだったよ。カイルは服の袖で目元を拭うとすぐに立ち上がったんだ。そして『分かった。すぐに行く』と答えた」
そこで言葉を切ると、カーティスはくすりと小さく笑って痛切な表情を散らした。
「驚いたよ。これまであんなにも頑なに首を横に振っていたのに、君の話を聞いた途端、一変したからな。改めて君の存在のすごさを痛感した」
「いやいや、それはローマンさんの機転のおかげですよ。私はただ緊張していただけです」
決して謙遜ではなく事実だ。なのに褒められてはどうにも尻こそばゆく、苦笑して言った。
しかしカーティスはフッと小さく微笑んで首を横に振った。
「だが、そのおかげで助かった。もし君が緊張せずそつなく挨拶をすませていたら、カイルもあそこで立ち上がったりはしなかっただろう。自分の気持ちを抑えてでも助けに行きたい、そう思わせる君の人徳のおかげだ」
「いや、本当にそんな大したものでは……」
「え?」
ダリルは思わず目を見開いた。
ティーカップをテーブルに置くと、カーティスは言葉を継いだ。
「実は、アドレイド辺境伯たちが来た時、カイルと一緒に出迎えようとしたのだが、直前になってカイルは踵を返して自分の部屋に戻ったんだ。後で部屋を訪ねると、ベッドの縁に座ってすすり泣いていた。そして私の顔を見るとすぐに謝ってきた。『ごめんなさい。行かないとって分かってるんだけど、体が言うことをきかなくて……』と」
眉根を寄せ、痛ましげな表情を見せるカーティスに、カイルがどんな表情でその言葉を言ったかは容易に想像ができた。
以前アドレイドがカイルと会った時に自分のせいで彼をひどく傷つけてしまったという話を聞いていたので、なおさらその時のカイルの心境を思うと胸が痛かった。
「もちろんカイルに無理強いはさせたくなかった。だが、アドレイド辺境伯やレイラたちが、カイルのことをどれだけ心配しているかも、そして今日会えるのをどれだけ楽しみにしくれていたかも知っている私としては、ひと目だけでもいいから会わせたかった」
カーティスの気持ちも痛いほど分かった。
可愛い我が子に無理をさせたくないのは親として当然の気持ちだ。
だが、アドレイドたちがどれだけカイルのことを心配しているか知っていればこそ、痣も薄くなり笑顔を見せるようになったカイルに会わせたいと思うのもまた当然のことだった。
「カイルの隣りに座っていろいろと説得を試みたが、全くだめだった。ごめんなさいと謝るばかりで私も段々心苦しくなってきた。これ以上説得してもカイルを追い詰めるだけだと諦めようとした時、ローマンが迎えに来てくれたんだ」
「ローマンさんが?」
思わぬ人物の登場に目を丸くする。
(そういえば、アドレイド辺境伯たちと挨拶している時、姿が見えなかったような……)
しかしまさかカイルの部屋に行っているとは思いもしなかった。
「そして言ったんだ。ダリル君が広間でアドレイド辺境伯たちと挨拶をしているがひどく緊張しているようでとても心細そうだと」
「えっ」
ダリルは目を見開いた。
確かに緊張はしていたがそんなに傍目から見て分かるほどだったのだろうかと思うと、今更ながらひどく恥ずかしくなり顔が熱くなった。
カーティスは羞恥するダリルをフォローするように言い加えた。
「もちろん、カイルを焚きつけるために大袈裟に言ったのだろう。だが、効果はてきめんだったよ。カイルは服の袖で目元を拭うとすぐに立ち上がったんだ。そして『分かった。すぐに行く』と答えた」
そこで言葉を切ると、カーティスはくすりと小さく笑って痛切な表情を散らした。
「驚いたよ。これまであんなにも頑なに首を横に振っていたのに、君の話を聞いた途端、一変したからな。改めて君の存在のすごさを痛感した」
「いやいや、それはローマンさんの機転のおかげですよ。私はただ緊張していただけです」
決して謙遜ではなく事実だ。なのに褒められてはどうにも尻こそばゆく、苦笑して言った。
しかしカーティスはフッと小さく微笑んで首を横に振った。
「だが、そのおかげで助かった。もし君が緊張せずそつなく挨拶をすませていたら、カイルもあそこで立ち上がったりはしなかっただろう。自分の気持ちを抑えてでも助けに行きたい、そう思わせる君の人徳のおかげだ」
「いや、本当にそんな大したものでは……」
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