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よかったら付き合ってくれないかい?
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ネイトは不満そうだったが、いよいよ酔いが全身に回ってきたのか、ダリルの腕を振り払ってまで広間に戻ろうとはしなかった。
ネイトを客室まで連れて行き、水を飲んで落ち着いたところでベッドに寝かせた。
寝息を確認してから部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁に背をもたせかけていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐに壁から背中を浮かせこちらへ歩み寄ってきた。
「ネイト君は大丈夫かい?」
「ええ、水を飲んですぐに寝ました」
「すまないね。私の持ってきた酒のせいで」
「いえいえ、とんでもないですっ」
苦笑して謝るアドレイドに、ダリルは手を横に振った。
(まさかそのことを謝るためだけにここまで……?)
しかしそれくらいのことならば、ダリルが広間に戻ってきた時に一言謝れば済む話だ。
わざわざ席を外してこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からず心の中で首を傾げる。
「ダリル君」
「はっ、はい」
やや強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「私も少し酔ってしまってね。少し夜風に当たりたいんだが、よかったら付き合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは背を向け歩き始めた。ダリルはその後に続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉に、アドレイドたちがこのカイルのための契約結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。
少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスに聞かれたくない話をするために違いない。
緊張し切ったダリルの顔を見て、アドレイドがくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
真っ直ぐ向けられた感謝の言葉にダリルは戸惑った。
アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声には深い感謝の念が込められていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
確かに一般的に考えれば、一年後の離縁が確定した結婚など誰も請け負いたくないものなのかもしれない。
だが、結婚願望というものが微塵もないダリルには、カーティスと取り交わしたこの仮初の婚姻関係に何一つ不満はなかった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにか一人で生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りたものだった。
「カイルも私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらの方です」
本心からそう言うと、アドレイドの口元が綻んだ。
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
そう言って、アドレイドは膝の上で肘をついた。
ネイトを客室まで連れて行き、水を飲んで落ち着いたところでベッドに寝かせた。
寝息を確認してから部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁に背をもたせかけていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐに壁から背中を浮かせこちらへ歩み寄ってきた。
「ネイト君は大丈夫かい?」
「ええ、水を飲んですぐに寝ました」
「すまないね。私の持ってきた酒のせいで」
「いえいえ、とんでもないですっ」
苦笑して謝るアドレイドに、ダリルは手を横に振った。
(まさかそのことを謝るためだけにここまで……?)
しかしそれくらいのことならば、ダリルが広間に戻ってきた時に一言謝れば済む話だ。
わざわざ席を外してこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からず心の中で首を傾げる。
「ダリル君」
「はっ、はい」
やや強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「私も少し酔ってしまってね。少し夜風に当たりたいんだが、よかったら付き合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは背を向け歩き始めた。ダリルはその後に続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉に、アドレイドたちがこのカイルのための契約結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。
少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスに聞かれたくない話をするために違いない。
緊張し切ったダリルの顔を見て、アドレイドがくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
真っ直ぐ向けられた感謝の言葉にダリルは戸惑った。
アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声には深い感謝の念が込められていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
確かに一般的に考えれば、一年後の離縁が確定した結婚など誰も請け負いたくないものなのかもしれない。
だが、結婚願望というものが微塵もないダリルには、カーティスと取り交わしたこの仮初の婚姻関係に何一つ不満はなかった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにか一人で生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りたものだった。
「カイルも私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらの方です」
本心からそう言うと、アドレイドの口元が綻んだ。
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
そう言って、アドレイドは膝の上で肘をついた。
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