30 / 86
連載
よかったら付き合ってくれないかい?
しおりを挟む
ネイトは不満そうだったが、いよいよ酔いが全身に回ってきたのか、ダリルの腕を振り払ってまで広間に戻ろうとはしなかった。
ネイトを客室まで連れて行き、水を飲んで落ち着いたところでベッドに寝かせた。
寝息を確認してから部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁に背をもたせかけていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐに壁から背中を浮かせこちらへ歩み寄ってきた。
「ネイト君は大丈夫かい?」
「ええ、水を飲んですぐに寝ました」
「すまないね。私の持ってきた酒のせいで」
「いえいえ、とんでもないですっ」
苦笑して謝るアドレイドに、ダリルは手を横に振った。
(まさかそのことを謝るためだけにここまで……?)
しかしそれくらいのことならば、ダリルが広間に戻ってきた時に一言謝れば済む話だ。
わざわざ席を外してこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からず心の中で首を傾げる。
「ダリル君」
「はっ、はい」
やや強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「私も少し酔ってしまってね。少し夜風に当たりたいんだが、よかったら付き合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは背を向け歩き始めた。ダリルはその後に続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉に、アドレイドたちがこのカイルのための契約結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。
少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスに聞かれたくない話をするために違いない。
緊張し切ったダリルの顔を見て、アドレイドがくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
真っ直ぐ向けられた感謝の言葉にダリルは戸惑った。
アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声には深い感謝の念が込められていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
確かに一般的に考えれば、一年後の離縁が確定した結婚など誰も請け負いたくないものなのかもしれない。
だが、結婚願望というものが微塵もないダリルには、カーティスと取り交わしたこの仮初の婚姻関係に何一つ不満はなかった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにか一人で生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りたものだった。
「カイルも私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらの方です」
本心からそう言うと、アドレイドの口元が綻んだ。
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
そう言って、アドレイドは膝の上で肘をついた。
ネイトを客室まで連れて行き、水を飲んで落ち着いたところでベッドに寝かせた。
寝息を確認してから部屋を出ると、廊下に意外な人物が待ち構えていた。
「アルバーン辺境伯」
「やぁ」
壁に背をもたせかけていたアドレイドは、ダリルの姿を認めるとすぐに壁から背中を浮かせこちらへ歩み寄ってきた。
「ネイト君は大丈夫かい?」
「ええ、水を飲んですぐに寝ました」
「すまないね。私の持ってきた酒のせいで」
「いえいえ、とんでもないですっ」
苦笑して謝るアドレイドに、ダリルは手を横に振った。
(まさかそのことを謝るためだけにここまで……?)
しかしそれくらいのことならば、ダリルが広間に戻ってきた時に一言謝れば済む話だ。
わざわざ席を外してこちらへ出向いてきたアドレイドの真意が分からず心の中で首を傾げる。
「ダリル君」
「はっ、はい」
やや強張った声で返事をすると、その緊張を和らげるようにアドレイドは優しく目を細めた。
「私も少し酔ってしまってね。少し夜風に当たりたいんだが、よかったら付き合ってくれないかい?」
「え……っ」
思わぬ誘いに少し戸惑うダリルだったが、断る理由もない。ダリルは頷き返した。
「私でよければ、ぜひ」
「ふふっ、君がいいのさ」
そう言うとアドレイドは背を向け歩き始めた。ダリルはその後に続き、その後は他愛のない雑談を交わしながら庭園へと向かった。
庭園に着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
ほろ酔いを覚ます程度に冷たい夜風は心地よいが、それでも緊張は募る一方だった。
カイルへ向ける優しい表情や思いやりに満ちた言葉に、アドレイドたちがこのカイルのための契約結婚に異を唱えることはないだろう、と一度は思った。
しかし見方を変えれば、それほどカイルを大事に思っているからこそ、何か思うところがあるのかもしれない。
少なくともアドレイドがこうして外に誘い出したのは、カーティスに聞かれたくない話をするために違いない。
緊張し切ったダリルの顔を見て、アドレイドがくすりと笑った。
「緊張させてしまったようですまないね。だが、私は別に嫌味や小言を言うために外へ連れ出したわけではないよ。むしろ礼が言いたかったんだ」
「礼?」
思わぬ言葉に目を丸くすると、アドレイドは笑みを深めて頷いた。
「ああ、君に伝えておきたかったんだ。――カイルとカーティスの家族になってくれてありがとう、と」
真っ直ぐ向けられた感謝の言葉にダリルは戸惑った。
アドレイドがわざわざ外へ連れ出してきたのがこの礼を言うためだけだと分かるほどに、声には深い感謝の念が込められていたからだ。
「い、いえ、そんなお礼を言われるようなことはしていません」
謙遜などではなく事実だった。
確かに一般的に考えれば、一年後の離縁が確定した結婚など誰も請け負いたくないものなのかもしれない。
だが、結婚願望というものが微塵もないダリルには、カーティスと取り交わしたこの仮初の婚姻関係に何一つ不満はなかった。
むしろ、実家に勘当されこれからの人生どうにか一人で生きていかなければと肩肘をはっていた前に比べて、今の生活は満ち足りたものだった。
「カイルも私を必要としてくれて、それがすごく嬉しくて……。むしろお礼を言うのはこちらの方です」
本心からそう言うと、アドレイドの口元が綻んだ。
「ふふっ、あの気難しいカイルが懐いた理由が分かった気がするよ」
そう言って、アドレイドは膝の上で肘をついた。
290
お気に入りに追加
6,940
あなたにおすすめの小説
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。