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そんなに気を遣っていては身が持たんぞ
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「お、お久しぶりです。長い間、会うのを断ってすみませんでした。今日は、また前みたいにゆっくりお話できたらと思っています」
声に微かな震えは帯びているが、怯む気持ちを奥へと押しやるようにして言う、健気で気丈な振る舞いを見せるカイルに胸を打たれる。
頬にできた痣のせいで人と会うことを避けてきたカイルにとって、今日の晩餐会にどれだけの勇気を要したかは、想像に難くない。
初対面のネイトには緊張しつつもしっかり挨拶できていたが、むしろ面識があるアドレイドたちへの方が面会を拒絶してきた負い目もあり緊張が強いのかもしれない。
しかしそれでも、痣を隠すことなく、目をしっかり見て挨拶するカイルに、ダリルは目頭が熱くなった。
カイルの健気な姿に胸を打たれたのはダリルだけではなかった。
「カイル……!」
レイラが膝をつき、カイルをぎゅっと力強く抱きしめた。
「謝る必要なんてないわ。あなたは子どもなんだから私たち大人に気を遣う必要は少しもないんだからね」
感極まった潤んだ声でレイラが言うと、アドレイドがそれに同意するように頷いた。
「レイラの言う通りだ。子どものうちからそんなに気を遣っていては身が持たんぞ。会いたくない時は会いたくない。会いたい時は会いたい。それでいいのだ」
湿っぽさを散らすようにアドレイドがカイルの頭を豪快な手つきで撫でる。
「私を見てみろ。気遣いゼロで生きているからこの若々しさを保てているのだ」
「……アドレイド様のような極端な生き方はおすすめしませんが、今はこの人のこういう厚かましさを見習うべきですよ」
ここにきてダーラが初めて少しではあるものの微笑んだ。
それぞれの優しさをその一身に受けたカイルは、目尻に涙を浮かべ小さく頷いた。
「――さて、それぞれ積もる話もあることだろう。カイルの言うようにゆっくり楽しく語らおうではないか」
明るく言ってアドレイドが言うと、各々席へと戻っていった。
そんな彼女たちの背中を見ながら、ダリルは目を細めた。
今朝までは、この契約結婚について何か物申されるのではないかと心配していたが、彼女たちの今の様子を見てそれは杞憂だったと確信した。
あんなにも優しい言葉と眼差しをカイルに向ける彼女たちが、彼の望みに物申すわけがなかった。
「ダリル」
カイルがきゅっ、と手を握ってダリルの方を見上げた。
その目には、もう涙の気配はなかったが、目尻の赤みは薄っすらと残っていた。
「ダリルの席は僕の隣だよ。間違ったら恥ずかしいだろうから案内してあげる」
赤くなった目尻を取り繕うように、いつにも増して大人びた表情を浮かべてカイルが言った。
それがカイルらしくてくすりと笑いが零れた。
「うん、お願いするよ」
「それではネイト様は私がご案内を」
ローマンも微笑ましそうに目を細めながら、ネイトを席まで案内した。
晩餐会はつつがなく穏やかに進んでいった。
快活で多弁なアドレイドの声が場を明るくし、時折淡々と挟まれるダーラの鋭い言葉に笑いが零れ、にこやかに相槌を打つレイラに緊張が解け話が弾んだ。
カイルが話し出すと、誰もがより真摯に耳を傾けた。その表情は皆一様に微笑ましげで、こうしてまた直にカイルと話せる喜びを噛み締めているようだった。
声に微かな震えは帯びているが、怯む気持ちを奥へと押しやるようにして言う、健気で気丈な振る舞いを見せるカイルに胸を打たれる。
頬にできた痣のせいで人と会うことを避けてきたカイルにとって、今日の晩餐会にどれだけの勇気を要したかは、想像に難くない。
初対面のネイトには緊張しつつもしっかり挨拶できていたが、むしろ面識があるアドレイドたちへの方が面会を拒絶してきた負い目もあり緊張が強いのかもしれない。
しかしそれでも、痣を隠すことなく、目をしっかり見て挨拶するカイルに、ダリルは目頭が熱くなった。
カイルの健気な姿に胸を打たれたのはダリルだけではなかった。
「カイル……!」
レイラが膝をつき、カイルをぎゅっと力強く抱きしめた。
「謝る必要なんてないわ。あなたは子どもなんだから私たち大人に気を遣う必要は少しもないんだからね」
感極まった潤んだ声でレイラが言うと、アドレイドがそれに同意するように頷いた。
「レイラの言う通りだ。子どものうちからそんなに気を遣っていては身が持たんぞ。会いたくない時は会いたくない。会いたい時は会いたい。それでいいのだ」
湿っぽさを散らすようにアドレイドがカイルの頭を豪快な手つきで撫でる。
「私を見てみろ。気遣いゼロで生きているからこの若々しさを保てているのだ」
「……アドレイド様のような極端な生き方はおすすめしませんが、今はこの人のこういう厚かましさを見習うべきですよ」
ここにきてダーラが初めて少しではあるものの微笑んだ。
それぞれの優しさをその一身に受けたカイルは、目尻に涙を浮かべ小さく頷いた。
「――さて、それぞれ積もる話もあることだろう。カイルの言うようにゆっくり楽しく語らおうではないか」
明るく言ってアドレイドが言うと、各々席へと戻っていった。
そんな彼女たちの背中を見ながら、ダリルは目を細めた。
今朝までは、この契約結婚について何か物申されるのではないかと心配していたが、彼女たちの今の様子を見てそれは杞憂だったと確信した。
あんなにも優しい言葉と眼差しをカイルに向ける彼女たちが、彼の望みに物申すわけがなかった。
「ダリル」
カイルがきゅっ、と手を握ってダリルの方を見上げた。
その目には、もう涙の気配はなかったが、目尻の赤みは薄っすらと残っていた。
「ダリルの席は僕の隣だよ。間違ったら恥ずかしいだろうから案内してあげる」
赤くなった目尻を取り繕うように、いつにも増して大人びた表情を浮かべてカイルが言った。
それがカイルらしくてくすりと笑いが零れた。
「うん、お願いするよ」
「それではネイト様は私がご案内を」
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カイルが話し出すと、誰もがより真摯に耳を傾けた。その表情は皆一様に微笑ましげで、こうしてまた直にカイルと話せる喜びを噛み締めているようだった。
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