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怒らないのか……?
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一通り話を聞き終えたネイトは、顔にまだ訝りを残しつつも、念を押すようにして確認してきた。
「うん、そうだよ……」
途切れることなく続く質疑応答にすっかり疲れ果てたダリルは最後の力を振り絞るようにして力なく頷いた。
すると、これまでネイトの眉間に深く刻まれていた皺がパッと散った。
「なんだ、そういうことか」
安堵と歓喜に満ちた声で言うネイトの表情はこの世の憂いすべてが取り払われたかのように晴れやかなもので、ダリルは少し戸惑った。
ダリルが危惧していた反応とは全く反対のものだったからだ。
(てっきり怒られるとばかり思ってた……)
ダリル自身この契約結婚に何の不満はないが、兄想いのネイトからすればどんな事情があれど愛のない結婚など到底許されるものではないだろう。
我が子のわがままのために兄さんを利用するなんて……! と激高しカーティスに直談判しに行くのではないかと心配したくらいだ。
しかし箱を開ければ、この清々しい笑みである。
ダリルは首を傾げた。
「怒らないのか……?」
「もちろん。そりゃあ、我が子のわがままに兄さんを巻き込むなって気持ちはあるけど、考えようによってはいい虫除けになる。グラスター公爵みたいに兄さんを狙う奴は少なくないからね」
人心地ついたのか、ネイトはこれまで口をつけていなかった紅茶をようやく口元に運んだ。
(いや、グラスター公爵のような人は稀だと思うけど……)
突っ込みたいところだが、言えば恐らく「兄さんはオメガの自覚がなさすぎる!」「もっと警戒心を持って!」などと言い返されてしまうのは目に見えているので、黙っておくことにした。
「まぁ確かに縁談が来た時のお父様のしつこさにはうんざりしていたから、そういう意味ではこの婚姻関係は有り難い」
苦笑しながら答えて、ダリルも紅茶を口に運んだ。紅茶はすっかりぬるくなっていたが、話しすぎて乾いた喉を潤すにはちょうどよかった。
「それに一年で解放してくれるんだろう? 全くもっていい話だ」
「解放って……」
契約書に目を通しながら上機嫌で言うネイトの物言いに、ダリルはたしなめるか否か迷うように苦笑いを浮かべた。
「別にそんな重労働を課せられてるわけじゃあるまいし。むしろこれでお金をもらうのが申し訳ないくらいだ。カーティス様は優しいし、カイルは可愛いし、一年だけでもこの家の家族として迎え入れてもらえるなんて幸せなことだなと思うよ」
それは社交辞令の類ではなく、本心からの言葉だった。
仮初の家族とはいえ、カーティスたちには非常に良くしてもらっている。そのことに対して感謝しているという意味で言ったのだが、なぜかネイトは眉間に皺を寄せた。
「……それってつまり、ハウエル公爵に惹かれつつあるってこと?」
「え?」
思いも寄らない質問を投げかけられ、パチパチと目を瞬かせた。
これまでの会話の流れでなぜその質問に至ったのかまるで分からなかった。
「えっと……、それは恋愛的な意味で?」
「もちろん」
一応確認すると強く頷き返され、ダリルは少し戸惑った。
カーティスに対して色恋めいた感情が微塵もないダリルにとって、その質問はあまりに唐突で脈絡もなく、真意を図りかねるものだったからだ。
自分がカーティスに対して恋愛感情を抱くことで何か不都合でもあるのだろうかと首をひねりつつ、まるで見当もつかないのでとりあえず正直に答えることにした。
「うん、そうだよ……」
途切れることなく続く質疑応答にすっかり疲れ果てたダリルは最後の力を振り絞るようにして力なく頷いた。
すると、これまでネイトの眉間に深く刻まれていた皺がパッと散った。
「なんだ、そういうことか」
安堵と歓喜に満ちた声で言うネイトの表情はこの世の憂いすべてが取り払われたかのように晴れやかなもので、ダリルは少し戸惑った。
ダリルが危惧していた反応とは全く反対のものだったからだ。
(てっきり怒られるとばかり思ってた……)
ダリル自身この契約結婚に何の不満はないが、兄想いのネイトからすればどんな事情があれど愛のない結婚など到底許されるものではないだろう。
我が子のわがままのために兄さんを利用するなんて……! と激高しカーティスに直談判しに行くのではないかと心配したくらいだ。
しかし箱を開ければ、この清々しい笑みである。
ダリルは首を傾げた。
「怒らないのか……?」
「もちろん。そりゃあ、我が子のわがままに兄さんを巻き込むなって気持ちはあるけど、考えようによってはいい虫除けになる。グラスター公爵みたいに兄さんを狙う奴は少なくないからね」
人心地ついたのか、ネイトはこれまで口をつけていなかった紅茶をようやく口元に運んだ。
(いや、グラスター公爵のような人は稀だと思うけど……)
突っ込みたいところだが、言えば恐らく「兄さんはオメガの自覚がなさすぎる!」「もっと警戒心を持って!」などと言い返されてしまうのは目に見えているので、黙っておくことにした。
「まぁ確かに縁談が来た時のお父様のしつこさにはうんざりしていたから、そういう意味ではこの婚姻関係は有り難い」
苦笑しながら答えて、ダリルも紅茶を口に運んだ。紅茶はすっかりぬるくなっていたが、話しすぎて乾いた喉を潤すにはちょうどよかった。
「それに一年で解放してくれるんだろう? 全くもっていい話だ」
「解放って……」
契約書に目を通しながら上機嫌で言うネイトの物言いに、ダリルはたしなめるか否か迷うように苦笑いを浮かべた。
「別にそんな重労働を課せられてるわけじゃあるまいし。むしろこれでお金をもらうのが申し訳ないくらいだ。カーティス様は優しいし、カイルは可愛いし、一年だけでもこの家の家族として迎え入れてもらえるなんて幸せなことだなと思うよ」
それは社交辞令の類ではなく、本心からの言葉だった。
仮初の家族とはいえ、カーティスたちには非常に良くしてもらっている。そのことに対して感謝しているという意味で言ったのだが、なぜかネイトは眉間に皺を寄せた。
「……それってつまり、ハウエル公爵に惹かれつつあるってこと?」
「え?」
思いも寄らない質問を投げかけられ、パチパチと目を瞬かせた。
これまでの会話の流れでなぜその質問に至ったのかまるで分からなかった。
「えっと……、それは恋愛的な意味で?」
「もちろん」
一応確認すると強く頷き返され、ダリルは少し戸惑った。
カーティスに対して色恋めいた感情が微塵もないダリルにとって、その質問はあまりに唐突で脈絡もなく、真意を図りかねるものだったからだ。
自分がカーティスに対して恋愛感情を抱くことで何か不都合でもあるのだろうかと首をひねりつつ、まるで見当もつかないのでとりあえず正直に答えることにした。
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