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今まで通りになるだけだ
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これは貴族の子供を預かっている学園側としては大失態である。そのため、同じことを繰り返さないよう、外部との手紙のやり取りは両親の許可がある者に限定されてしまったのだ。
当然、可愛い我が息子が疎ましい前妻の子に懐いているのが前々から気に入らないネイトの母が、ダリルとの文通を許可するはずもなかった。
そうなると、ダリル宛の便りが来ることなどほとんどなく、ここ最近まで手紙入れの小箱はさみしげに棚の隅で眠っていた。
だから、こうして小箱の中身がまた増えるなど予想だにしていなかったダリルは、カーティスからの手紙を仕舞う度についつい頬を綻ばせてしまうのだった。
(……一時の気まぐれだったとしても、やっぱり嬉しいな)
定期的に送られてくるカーティスからの手紙に戸惑いつつも、来なくなったらそれはそれで寂しく思うだろう。
それは単なる使用人の自分が抱く感情としては贅沢なものなのかもしれないが……。
(まぁ、来なくなっても何かを失うわけじゃない。今まで通りになるだけだ)
ダリルは自分に言い聞かせるように胸の中で呟きながら小箱の蓋を閉めた。そしてそれを棚に戻すと、ベッドに腰を下ろした。
寝る前にカーティスからもらったオイルを塗ろうとしてベッド横の棚に手を伸ばしかけたが、小瓶の中身を見てその手を止めた。
(……あと半分でなくなりそうだな)
カーティスがくれたオイルのおかげでだいぶ肌荒れはよくなった。きっとこれを使い切る頃には綺麗になっているに違いない。
だが、ダリルはこのオイルを使い切ってしまうことを惜しく感じ始めていた。
空になったオイルの小瓶と、埃を被って棚の隅で眠る手紙入れの小箱。それら二つを想像すると、胸の底に寂しさが薄っすらと漂うのだ。
ダリルは少し考えてから再び腰を上げ棚に向かうと、小瓶を小箱に入れた。
もし、カーティスからの手紙が来なくなったら、またこのオイルを使おう。穏やかな眠りへ優しく導いてくれるこの香りならば、胸の寂しさをまぎらわしてくれるに違いない。
ダリルはベッドに潜ると、そのまま目を瞑った。いつもの優しいオイルの香りがなかったせいか、その日は眠りにつくまで、もどかしいほど時間が掛かった。
****
カーティスが久しぶりに屋敷にやってきた日、ダリルは近況報告のため書斎に向かったローマンが戻ってきたのを見計らって、部屋を訪ねた。
「先日は手荒れ用のオイルをありがとうございました」
執務机に座るカーティスの前に立ち、ダリルはまずオイルの礼を伝えた。
「いや、礼は必要ない。君には世話になったからな」
愛想の欠片も見せることなくカーティスが淡々と言う。
世話になったというのは恐らく手紙のことだろうが、それこそ礼など不要なことであり、ダリルは恐縮しきってブンブンと手を横に振った。
「いえいえ、大したことはしていません」
「君には大したことないかもしれないが、私は助かった。それで、手荒れの具合はどうだ?」
カーティスにじっと手を見つめられ、思わずダリルはサッと手を後ろに隠した。
「は、はい、お陰様で随分とよくなりました」
嘘である。
確かにオイルを毎日塗っていた時は順調にきれいになっていたが、残り半分となったところで、使い切ってしまうのがおしくなりあまり使わなくなった。
そのせいで肌の状態は振り出しに戻ってしまっている。
使わなくなった理由があまりに子供じみたものである上に、肌荒れを気にして贈ってくれたカーティスの親切心を裏切っている自覚もあり、なおさら手を見せることができなかった。
当然、可愛い我が息子が疎ましい前妻の子に懐いているのが前々から気に入らないネイトの母が、ダリルとの文通を許可するはずもなかった。
そうなると、ダリル宛の便りが来ることなどほとんどなく、ここ最近まで手紙入れの小箱はさみしげに棚の隅で眠っていた。
だから、こうして小箱の中身がまた増えるなど予想だにしていなかったダリルは、カーティスからの手紙を仕舞う度についつい頬を綻ばせてしまうのだった。
(……一時の気まぐれだったとしても、やっぱり嬉しいな)
定期的に送られてくるカーティスからの手紙に戸惑いつつも、来なくなったらそれはそれで寂しく思うだろう。
それは単なる使用人の自分が抱く感情としては贅沢なものなのかもしれないが……。
(まぁ、来なくなっても何かを失うわけじゃない。今まで通りになるだけだ)
ダリルは自分に言い聞かせるように胸の中で呟きながら小箱の蓋を閉めた。そしてそれを棚に戻すと、ベッドに腰を下ろした。
寝る前にカーティスからもらったオイルを塗ろうとしてベッド横の棚に手を伸ばしかけたが、小瓶の中身を見てその手を止めた。
(……あと半分でなくなりそうだな)
カーティスがくれたオイルのおかげでだいぶ肌荒れはよくなった。きっとこれを使い切る頃には綺麗になっているに違いない。
だが、ダリルはこのオイルを使い切ってしまうことを惜しく感じ始めていた。
空になったオイルの小瓶と、埃を被って棚の隅で眠る手紙入れの小箱。それら二つを想像すると、胸の底に寂しさが薄っすらと漂うのだ。
ダリルは少し考えてから再び腰を上げ棚に向かうと、小瓶を小箱に入れた。
もし、カーティスからの手紙が来なくなったら、またこのオイルを使おう。穏やかな眠りへ優しく導いてくれるこの香りならば、胸の寂しさをまぎらわしてくれるに違いない。
ダリルはベッドに潜ると、そのまま目を瞑った。いつもの優しいオイルの香りがなかったせいか、その日は眠りにつくまで、もどかしいほど時間が掛かった。
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カーティスが久しぶりに屋敷にやってきた日、ダリルは近況報告のため書斎に向かったローマンが戻ってきたのを見計らって、部屋を訪ねた。
「先日は手荒れ用のオイルをありがとうございました」
執務机に座るカーティスの前に立ち、ダリルはまずオイルの礼を伝えた。
「いや、礼は必要ない。君には世話になったからな」
愛想の欠片も見せることなくカーティスが淡々と言う。
世話になったというのは恐らく手紙のことだろうが、それこそ礼など不要なことであり、ダリルは恐縮しきってブンブンと手を横に振った。
「いえいえ、大したことはしていません」
「君には大したことないかもしれないが、私は助かった。それで、手荒れの具合はどうだ?」
カーティスにじっと手を見つめられ、思わずダリルはサッと手を後ろに隠した。
「は、はい、お陰様で随分とよくなりました」
嘘である。
確かにオイルを毎日塗っていた時は順調にきれいになっていたが、残り半分となったところで、使い切ってしまうのがおしくなりあまり使わなくなった。
そのせいで肌の状態は振り出しに戻ってしまっている。
使わなくなった理由があまりに子供じみたものである上に、肌荒れを気にして贈ってくれたカーティスの親切心を裏切っている自覚もあり、なおさら手を見せることができなかった。
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