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第7章 35歳にして、ご家族にご挨拶!?

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「えぇ~、なんでそんなに頑なに帰らせようとするのぉ? ちょっとこの靴の女の子を見るだけじゃぁん」
「ダメだ! 帰れ!」
「ちょっとくらい見せてくれていいじゃんかぁ。ケチ~。あ、もしかして未成年とかぁ? いけないよぉ、淫行でレンコン捕まっちゃうよぉ」
「マジで帰れ!」

 こめかみを引き攣らせる蓮さんが容易に想像できる声がキンと鼓膜を貫いた。しかし、相手は全く怯む様子なく笑っている。
 間延びした語尾や相手を煽って楽しむような言葉……、間違いなく桜季さんだった。

 どうして桜季さんが!?
 僕は焦った。正直なところ、一番今ここにいてはいけない人物だ。
 桜季さんはいい人だけれど、人の困った様子を楽しむところがあるので、たとえ事情を話したからと言って話を合わせてくれるとは限らない。
 だから蓮さんも必死になって追い返そうとしているのだろう。

「……どうしたんでしょうか」

 蘭香ちゃんが不安げに磨りガラスの引き戸に映るぼやけた二つの人影を見詰めている。

「あ、えっと、友達でも来たのかな?」

 ははは、と強ばった笑いを貼り付けながら、桜季さんが諦めて立ち去ることを心の中で祈る。
 けれど、桜季さんが好奇心を抑えてまで人の言うことを聞くわけがなかった。

「あ、こら、てめぇ……っ」
「こんにちは~、お邪魔しまぁす!」

 満面の笑みで引き戸を開け姿を現した桜季さんに蘭香ちゃんが目を見開いて固まった。
 知らない男にナンパされた時でさえ毅然とした表情を崩さなかった蘭香ちゃんが顔を強ばらせている。

 ……分かるよ、その反応、すごく分かるよ。

 かつて同じような反応をした僕は心の中で強く共感した。
 見慣れると何とも思わなくなるけれど、耳や眉、口元など顔中に散らばるピアスや、口の中からちらりと見える蛇のように先が二股になっている舌に、初対面の人は必ずと言っていいほど硬直する。
 中身は本当に優しくていい人なのだけれど、このパンクな見た目はどうしても誤解を避けられない。
 どうフォローしようかと頭を悩ませていると、僕と目が合った桜季さんが、眉を持ち上げて驚いた表情を見せた。

「え? えぇっ! どうして青りんごがレンコンの家にいるのぉ?」

 うわぁぁぁぁ! そ、その名前で僕を呼ばないでくださいっ!

 会社の上司役だというのに、年下の男の子にそんな可愛らしい呼び方をされては上司としての威厳が損なわれる。……僕から上司の威厳を蘭香ちゃんが感じているか話は別だけれど。
 桜季さんの口を塞ぎに行きたい衝動を何とか抑えていると、蘭香ちゃんは困惑した表情で桜季さんから僕に視線を移した。

「え? あ、青葉さんのお知り合いですか?」

 困惑と疑惑が綯い交ぜになった瞳が向けられ、言葉に詰まる。
 ちらりと蓮さんを窺い見るけれど、額に手を覆って俯いて完全に諦めきっている。
 
 ど、どうしよう……!
 
 ここで僕が上手くフォローしなくては、蓮さんの嘘がばれてしまう。
 詳しい事情は分からないけれど、決して蓮さんが兄としての見栄やプライドで嘘をついているものだとは思えなかった。だからこそ、嘘がばれることは避けたかった。
 僕は意を決して立ち上がると、桜季さんの横に並んだ。
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