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第7章 35歳にして、ご家族にご挨拶!?

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 ホストと言っても、テレビで観るような高収入の人はほんの一握りで、全体の約七割は月収二十万円以下と言われている。なので社員寮を使っているホストも少なくない。
 対してトップクラスのホスト、しかも都会となればお客様自体も羽振りがよく、月収一千万円ということも多々あるそうだ。サラリーマンとして生きてきた僕には信じられない話だった。
 蓮さんはパラディゾのナンバーワンホストだ。
 そうだったはずなのだが……――。
 
 目の前に建つ随分と年季の入った二階建てのアパートを僕は唖然と見上げた。
  
「あそこが俺の部屋」

 二階の一番端の部屋を指さしながら、蓮さんが言った。蓮さんの指が差す先ではベランダに干された洗濯物が緩く風に揺られている。
 どうやら間違いなくここが蓮さんの住むアパートのようだ。
 てっきりナンバーワンホストとなれば、僕なんかが一生踏み入ることのない高級マンションに住んでいるものだとと思い込んでいた。
 まさかこんな庶民的なアパートとは思ってもいなかった僕は少し戸惑った。

「ふふ、花壇がきれいに整えられていていいところですね」

 門の横にきれいに並ぶ花を見ながら微笑む蘭香ちゃんを見て、胸の内でポンと拳を叩く。
 なるほど、もしかすると蘭香ちゃんにホストであることを悟らせないために借りたアパートなのかもしれない。
 僕に上司役を頼むくらいだ。蘭香ちゃんに普通の仕事をしていると思わせるためなら、アパートを一室借りるくらいどうってことないのだろう。
 そうやって納得しかけていると、

「あら、蓮君、どうしたのその髪!」

 階段を上りかけた蓮さんを、小柄なおばあちゃんが驚きの声で引き留めた。

「あ、川中さん、どうも」

 髪の色を指摘された蓮さんは少し焦りながらも挨拶を返すと、階段を下りておばぁちゃん――川中さんに向き直った。

「随分雰囲気が変わったわねぇ」

 まじまじと髪を見詰める川中さんに蓮さんは苦笑しながら頭を掻いた。

「あー……、髪はちょっと気分を変えようと思って色変えたんです」
「ふふふ、男前だからどっちも似合うわ」
「ありがとうございます。ところで腰の方は大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。あの時、蓮君が荷物運んでくれて本当に助かったわぁ」
「いや、いつもお裾分けしてもらってるんで」
「気にしなくていいのに。余ったからあげてるだけよ」
「余り物でもあんな美味しいものもらえて嬉しいです」
「ふふ、上手ねぇ」

 川中さんは終始嬉しそうに声を弾ませていた。蓮さんと話すのがとても楽しいようだ。
 一方、蓮さんの方も表情が柔らかく、決して無理して川中さんに合わせている風でもない自然なものだった。言動の端々にもお年寄りに対する優しい労りが感じられた。
 最初、川中さんも僕と同じように、蓮さんが役を頼んだのかと思ったけれど、川中さんとの会話はとても作り物には感じられない温もりがあるものだった。
 川中さんは蘭香ちゃんの存在に気づくと目を輝かせた。
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