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第7章 35歳にして、ご家族にご挨拶!?
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しおりを挟む蘭香ちゃんがお手洗いに行って姿が見えなくなると、蓮さんは不機嫌に黙り込んだ。さっきまでの優しいお兄ちゃんの顔が嘘のようだ。
沈黙が気まずくて、僕は怯える気持ちを叱咤しながら何とか笑顔を作って話題を振った。
「えっと、蘭香ちゃん、とても可愛くていい子ですね」
お世辞ではなく本心でそう思った。気遣いもでき、礼儀も正しく、言葉遣いも丁寧で大人顔負けだ。
育ちの良さが窺える所作や蓮さんを『お兄様』呼びするところから、恐らく世間一般で言うお嬢様というものなのだろう。
となると、蓮さんも良家のお坊ちゃまということになるのだろうか。だとしたらどうしてホストに……――?
そんなことをぼんやりと考えていると、
「おい」
蓮さんはヤクザ顔負けの凄みを放った顔をズイ、と僕に近づけた。
その気迫に頭の中に浮かんだふとした疑問なんてどこかに吹き飛んでしまった。
「は、はいっ」
「絶対余計なことは話すなよ。なおかつ臨機応変に話を合わせろ」
臨機応変……。僕が一番苦手なことだけれど、そんなこと冗談でも言える雰囲気じゃない。
「わ、分かりました!」
僕はコクコクと頷いた。
「あと頃合いを見て帰れ」
「了解です! 家に着いて三十分くらいがいいですかね?」
「その場の状況で考えろ」
「は、はい!」
とは答えたものの、ちょうどよい頃合いを見計らうなんて高等技術が僕にできるか心配だ。
そもそもボロを出さないか不安でならない……。
「あ、そういえば蓮さんの家に行くの初めてですね!」
ギスギスした空気を変えようと話題を変えると、蓮さんの体が微かに強ばった。
「……そのことだけどよ」
ぎろり、と鋭い目で睨まれる。
「絶対に笑うなよ」
「え?」
笑う? 蓮さんの家を?
首を傾げると、さらに畳み掛けるようにして蓮さんが言った。
「あと俺の家のことは絶対他の奴らには言うなよ。というか、俺の家に行ったことも言うな。わかったな?」
ずい、と顔を近づけて念を押され、僕はその迫力に頷くことしかできなかった。
そんなに自分の家を知られるのが嫌なのだろうか。
そういえば蓮さんはあまりプライベートの話をしないことに気づく。きっと仕事とプライベートをしっかり別けたい人なのかもしれない。
そう思うと、今日妹さんに会わせてもらえたのは、事情があるにしても特別なことのように感じて嬉しかった。
「すみません、お待たせしました」
蘭香ちゃんが小走りで駆けてくるのが目に入ると、蓮さんの顔が柔らかなものになった。
「遅かったな。また変なのに絡まれたんじゃないのか」
「大丈夫です。トイレにいっぱいで列になっていたんです。都会はトイレに行くのも一苦労ですね」
肩を竦める蘭香ちゃんに、蓮さんが目元を和らげる。
本当に蘭香ちゃんが可愛くて仕方ないんだろうな。
二人の微笑ましい光景に心を和ませていると、
「それじゃあ俺の家に案内しますね、青葉さん」
にっこりと蓮さんが僕に声を掛けた。
慣れない僕への敬語のせいか笑みが若干引き攣っている気がして、なんだか申し訳ない気分になった。
「あ、う、うん、よろしく。いやぁ、蓮君の家に行くの初めてだから楽しみだよ~」
「仕事の時みたいに厳しくチェックしないでくださいね」
「も、もちろんだよ~」
ぎこちない笑みと会話を交わす僕らを、蘭香ちゃんは疑うことなく、むしろ嬉しそうに眺めていた。
そのことにほっとしつつも、最後までボロが出ないか不安と緊張で締め付けられる胃を二人に見えないようそっと撫でた。
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