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第7章 35歳にして、ご家族にご挨拶!?
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この世に夜景を見下ろせる焼き肉屋があることをこの日僕は初めて知った。
「まぁ食えよ」
向かいの席に座る蓮さんが、網の上でほどよく焼けた肉を箸でとって僕のお皿にのせた。
てらり、と上質な脂を薄く纏う柔らかなその肉が高級品であることは、庶民の僕でも一目で分かった。
ごくり、と口の中に溢れたよだれを反射的に呑み込む。
肉の香りは食欲をそそるなんて生易しいものではなく、嗅覚を往復ビンタされるかのような強烈さがあった。恐らく自分が一生口にするはずのない類いの肉だ。
蓮さんに誘われなければ、こんな高級な肉の出る焼き肉店など立ち入ることはおろか存在する知らなかっただろう。
「あ、あの……」
目の前の身分不相応な肉に恐縮しきりながらも、怖ず怖ずと口を開いた。
「なんだ? あ、もしかして最初は牛タンから食べるやつか? 俺、あれ苦手なんだよな。舌を食うってグロすぎる。まぁでも好きなら頼むけど」
「ち、違います!」
店員さんを呼ぼうとした蓮さんを慌てて止める。
「じゃあなんだよ」
蓮さんは急に大声を出した僕に目を訝しげに眇めた。
その目に僕は少し体を竦ませた。蓮さん自身はそんなつもりはないのだろうけれど、元々オーラがある人なので少し目を細めただけでも凄みのようなものを感じてしまい萎縮してしまうのだ。
――大丈夫、あの目は怒っているわけじゃない。蓮さんは根は優しい人だから大丈夫。
そう自分に言い聞かせて怖ず怖ずと口を開いた。
「あ、あの、本当に恥ずかしい話なんですけど……僕、今サイフに五千円しか入っていないんです!」
深々と頭を下げて正直にサイフ事情を白状すると、蓮さんは目を丸くした。
きっと非常識なやつだと思われたに違いない。蓮さんの反応に焦って弁解の言葉を重ねた。
「け、決して蓮さんに奢って貰おうと思って来たわけじゃないですよ」
誤解を恐れずに言えば、蓮さんに今度の休みに一緒に夕食でもどうかと誘われた時、きっと蓮さんが行く店は高いだろうと思ってちゃんと三万円おろしていたのだ。
自分にしては珍しく先のことを考えて行動したな、と少し得意げな気持ちになっていたのだけれど、たぶんそれがいけなかった。
蓮さんとの約束の日の前に色々と支払いが重なったが、三万円おろしているしという安心感があって、サイフの中をちゃんと確認していなかったのだ。
「ちゃんと一万円はサイフに入っている予定だったんですっ」
一度、今日来る前にサイフの中身を確認したのだが、五千円札を一万円札に見間違えてしまい、そのままこの高級焼き肉店に踏み入ってしまったのだ。
店の高級感溢れる雰囲気やメニューに並ぶ金額の高さに不安になってトイレでそっとサイフの中を確かめた時、背筋がサァァと冷たくなった。その背筋の冷たさは肉を焼く火をもってしても溶けることはなかった。
「クレジットカードも前に紛失してから持ち歩かなくなって……。なので、僕は肉は食べませんので、どうぞ蓮さんは好きなだけ食べてくださいっ」
お肉が置かれた皿を蓮さんに差し出す。その時ふわりと鼻先をかすめた肉の香りに、よだれが垂れかかったのを慌てて呑み込む。
蓮さんがハァ、と大きく溜め息を吐いた。
「別にお前に払わせる気なんて最初からねぇよ」
「え?」
僕に払わせる気はない? それって……。
「まさか、元々奢ってくれるつもりだったんですか?」
この高級肉を? 下手したら僕の月の食費と同じくらいの金額を?
信じられないと言う目で見ていると、蓮さんが眉根を寄せた。
「俺が人にものを奢りそうな人間に見えないって言いたいのか?」
「い、いえ! 違います!」
誤解を与えてしまったようで、急いで首を横に振った。
「そうじゃなくて、こんな高級なお肉、普通に考えて人の分まで払ってくれるなんて思わなくて……」
僕なんか自分の分すら払えるか怪しいというのに……。
「このくらい安いもんだろう。……それにお前には頼みたいことがあるから、これはそれの前金みたいなもんだ」
「頼みたいこと?」
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