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第6章 35歳にして、初めてのメイド喫茶!

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「ば、ばかっ! そんなクサいことよくシラフで言えんな! ホストかよ!」
「……一応、僕もホストです」

指名はまだないけど……。
恥ずかしいので小声で反論した。

「ああ、そういえばそうだったな。忘れてた」
「忘れてたって……」

同じ職場なのにホストだということを忘れられるなんて、僕はホストとしてどれだけ存在感が薄いのだろう。
でもホストらしい仕事をしていないのだから思われるのも無理はない。

「つーか、普通に考えてこのオタクっぷりは弱み以外の何ものでもないだろ」

テーブルに肘をついて、メニュー本をめくりながら聖夜さんが言った。

「オタクっぷり、ですか?」
「そう。いい歳した大人の男が子供向けのアニメ観たり語ったり、グッズ買い込んだりとか、普通にキモいだろ」

そういった人をバカにするように聖夜さんは鼻で笑った。
けれど口の端に漂う笑みは、自嘲的でどこか悲しげでもあった。

「聖夜さんはそういう人たちを気持ち悪いって思うんですか?」
「俺じゃなくて世間一般的にだよ」
「……僕が世間一般的なのかは分からないですけど、僕は気持ち悪いとは思いませんでした」

そう言うと、メニュー本に視線を落としていた聖夜さんが顔を上げた。
目を丸くして僕を凝視していたけれど、すぐに怪訝そうに目を細めた。

「……それ、マジで言ってんの?」
「はい、マジです!」
「気遣いとかそういうのいいから。俺みたいなオタクが世間一般的にどう思われるかなんてよく知ってるし」
「世間一般ってだれですか?」
「は?」

聖夜さんが顔を顰めた。
馬鹿な質問をしていることは重々承知だ。
だけど僕はもう一度訊いた。

「聖夜さんの言う世間一般ってだれですか?」
「いやいや誰とかそういんじゃないだろ。一般的にみんなオタクはキモいって思ってるってことだよ」

そんなことも分からないのかと呆れた風に聖夜さんが溜め息を吐いた。
確かに自分が子供のような質問をしている自覚はある。
でも、聖夜さんの自嘲的で断定的な言葉に胸の底がムズムズした。
それを取り除きたくて僕は聖夜さんにおずおずと反論した。

「……僕、思うんですけど、“世間”とか“一般”とか“みんな”とか、そういう誰の意見か特定できなくなった意見って、それはもう自分の中で作り出した化け物じゃないかなって」
「は? 突然なに?」

聖夜さんの眉間の皺がますます深まった。
訝しむのも無理はない。
僕は苦笑しながら続けた。
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