108 / 228
第5章 35歳にして、愛について知る
50
しおりを挟む
「花束は七橋君と、職場の人たちから。あと桐箱はこの間うちに来た蓮君からだよ」
蓮の名前にピクリと反応したのを晴仁は見逃さなかった。
最初、その反応は事件のことを思い出してのことだと思ったがそれは違った。
幸助の表情は怯えとは無縁のもので、桐箱に向ける視線には愛おしささえ溢れていた。
「ふふふ」
「……どうしたの?」
ざわつく胸の不快さに耐えながら訊いた。
「いや、実はこの間、お見舞いにメロン持って来てくれるって言ってくれたんだ。だから本当に持って来てくれたのが嬉しくて」
言葉通り、いやそれ以上に嬉しそうに笑う幸助に、胸のざわめきはより輪郭を濃くして全身に広がった。
「……そう、よかったね」
胸中から溢れる黒い感情を何とか抑えながら、晴仁は微笑んだ。
「うん。本当によかった。僕、蓮君に嫌われているから、今回の一件で少し仲良くなれたらいいな」
「こーすけなら大丈夫だよ」
「いやぁ、でも僕結構嫌われてるからなぁ……」
「大丈夫、こーすけは人気者だから」
本当に人気者だ。
忌々しいほどに。
見舞い品を睨むようにして見る。
できることなら全て捨ててしまいたい。
そして自分が与えたものだけで彼を囲みたい。
埋もれて身動きができないほどに。
「そんなことないよ。それなら晴仁の方がずっと人気者だよ。女の子にはもちろん、性別年齢関係なくみんな晴仁に好感を持つからね。すごいよね。もうこれは才能だよ」
「あはは、そんなことないよ」
もしそれが才能だとすれば、それは狡猾なペテン師の才能だ。
幸助の人を引き寄せるものとは全くの別物だ。
「花が萎れると悪いから花瓶に挿しておくね」
「ありがとう。ふふふ、花束もらうなんて初めての経験だよ」
小さな野花が花弁を広げるように幸助の口元が綻ぶ。
晴仁は立ち上がり、花束を抱えてキッチンへ向かった。
キッチンは簡易のものだが、ガスコンロや洗い場もあり簡単な料理ならできるくらいの設備はあった。
流しで包装紙を外し、花束の茎を軽く水で荒い流す。
そして水を張ったボウルの中で茎の先端を切った。
花束の見舞いはやはり多いのだろう。
花切鋏や花瓶などもキッチンには準備されていた。
花瓶に花を挿し終えると、晴仁はテツがくれたものと、桜季たちがくれたものそれぞれから花を一輪引き抜いた。
そして、ガスコンロの火をつけるとその上で引き抜いた花を炙った。
花弁が身を捩らせながら、火に包まれていく。
火に弄ばれるように捻れていく花弁から、苦悶の断末魔が聞こえてきそうだった。
花の瑞々しさや彩りが火に吸い尽くされたところで、晴仁はフッと火を吹き消した。
そして、ぐちゃぐちゃになった包装紙と一緒にゴミ箱に捨てた。
少しだけ、ほんの少しだけだが気持ちがスッとした。
本当は桐箱のメロンも燃やしてしまいたいところだが、さすがにそれは難しい。
花はまだいい。
飾るだけで、せいぜい幸助の視線と手に触れるくらいだ。
しかし、メロンは幸助の体の中に入ってしまう。
幸助の嬉しそうな笑みを思い出すと、それは許しがたいことのように思えた。
幸いにも、幸助はまだ食事ができない。
明日にでも自分がメロンを持って来て、それを代わりに食べさせよう。
そうすればあのメロンを処分できる。
我ながら名案だと、歪な笑みが零れた。
蓮の名前にピクリと反応したのを晴仁は見逃さなかった。
最初、その反応は事件のことを思い出してのことだと思ったがそれは違った。
幸助の表情は怯えとは無縁のもので、桐箱に向ける視線には愛おしささえ溢れていた。
「ふふふ」
「……どうしたの?」
ざわつく胸の不快さに耐えながら訊いた。
「いや、実はこの間、お見舞いにメロン持って来てくれるって言ってくれたんだ。だから本当に持って来てくれたのが嬉しくて」
言葉通り、いやそれ以上に嬉しそうに笑う幸助に、胸のざわめきはより輪郭を濃くして全身に広がった。
「……そう、よかったね」
胸中から溢れる黒い感情を何とか抑えながら、晴仁は微笑んだ。
「うん。本当によかった。僕、蓮君に嫌われているから、今回の一件で少し仲良くなれたらいいな」
「こーすけなら大丈夫だよ」
「いやぁ、でも僕結構嫌われてるからなぁ……」
「大丈夫、こーすけは人気者だから」
本当に人気者だ。
忌々しいほどに。
見舞い品を睨むようにして見る。
できることなら全て捨ててしまいたい。
そして自分が与えたものだけで彼を囲みたい。
埋もれて身動きができないほどに。
「そんなことないよ。それなら晴仁の方がずっと人気者だよ。女の子にはもちろん、性別年齢関係なくみんな晴仁に好感を持つからね。すごいよね。もうこれは才能だよ」
「あはは、そんなことないよ」
もしそれが才能だとすれば、それは狡猾なペテン師の才能だ。
幸助の人を引き寄せるものとは全くの別物だ。
「花が萎れると悪いから花瓶に挿しておくね」
「ありがとう。ふふふ、花束もらうなんて初めての経験だよ」
小さな野花が花弁を広げるように幸助の口元が綻ぶ。
晴仁は立ち上がり、花束を抱えてキッチンへ向かった。
キッチンは簡易のものだが、ガスコンロや洗い場もあり簡単な料理ならできるくらいの設備はあった。
流しで包装紙を外し、花束の茎を軽く水で荒い流す。
そして水を張ったボウルの中で茎の先端を切った。
花束の見舞いはやはり多いのだろう。
花切鋏や花瓶などもキッチンには準備されていた。
花瓶に花を挿し終えると、晴仁はテツがくれたものと、桜季たちがくれたものそれぞれから花を一輪引き抜いた。
そして、ガスコンロの火をつけるとその上で引き抜いた花を炙った。
花弁が身を捩らせながら、火に包まれていく。
火に弄ばれるように捻れていく花弁から、苦悶の断末魔が聞こえてきそうだった。
花の瑞々しさや彩りが火に吸い尽くされたところで、晴仁はフッと火を吹き消した。
そして、ぐちゃぐちゃになった包装紙と一緒にゴミ箱に捨てた。
少しだけ、ほんの少しだけだが気持ちがスッとした。
本当は桐箱のメロンも燃やしてしまいたいところだが、さすがにそれは難しい。
花はまだいい。
飾るだけで、せいぜい幸助の視線と手に触れるくらいだ。
しかし、メロンは幸助の体の中に入ってしまう。
幸助の嬉しそうな笑みを思い出すと、それは許しがたいことのように思えた。
幸いにも、幸助はまだ食事ができない。
明日にでも自分がメロンを持って来て、それを代わりに食べさせよう。
そうすればあのメロンを処分できる。
我ながら名案だと、歪な笑みが零れた。
20
お気に入りに追加
722
あなたにおすすめの小説
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる