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第5章 35歳にして、愛について知る
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面会謝絶の札を揺らしながら、晴仁は幸助の病室へ入った。
さすが防音にも配慮された部屋だ。
扉を閉めれば、外部の一切の音を排除したかのような静けさに満ちる。
ここが病院で、同じ建物の中に他の人間がいることを忘れさせるほどだ。
晴仁は預かった見舞い品をテーブルに置き、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
そして辺りを見回す。
特別室とあってやはり広く、部屋にはソファやローテーブルの応接セットだけでなく、キッチンやトイレ、バスまで設備されている。
晴仁の後ろに設けられている窓は磨き上げられており、窓の外で揺れる木々の葉の柔らかさやそこに滲む陽のあたたかさまでもが、直接五感に触れてくるようだった。
幸助は成人男性とは思えないあどけない寝息を零しながら寝ていた。
その唇を風に揺れた梢の影が撫でた。
それにつられるように、あるいは唇に漂うあどけない色香に誘われるように、晴仁はそっと手を伸ばした。
しかし唇に指先が触れるか触れないかのところで、幸助が薄く目を開いた。
晴仁はスッと手を引いた。
「……やぁ、よく眠れたみたいだね」
「あ、晴仁かぁ。おはよう」
幸助が緩く微笑んだ。
微睡みの気だるさと相まって、それはある種の色気を漂わせていた。
「わぁ、もう三時! 結構寝たなぁ」
幸助は枕元の時計を見て目を丸くした。
「ごめんね、晴仁がせっかく休みを取ってお見舞いに来てくれたのに寝ていてばかりで……」
「いや、いいよ。家にいても暇だしね。こーすけのいない家は寂しいから。こーすけのいない家より、ここの方が落ち着く。それにここは静かで読書にも向いてるしね」
「晴仁……っ!」
感極まったように目をキラキラと輝かせる。
晴仁は小さく笑った。
幸助は単純だ。
なのに彼の心を支配することはできない。
恐らく彼の中に認められたいだとか愛されたいだとかいう気持ちがないからだろう。
単純で扱いやすいのに、けれど思い通りにいかない。
そういったところが腹立たしいのに、そこに惚れているのもまた事実だった。
「本当に晴仁はできた人だね……っ! もし晴仁がいなかったら僕のお見舞いに来てくれる人はいなかったよ」
ドアに下げられた面会謝絶の札を知らない幸助が自虐的に笑った。
「そんなことないよ。ほらそこにお見舞いの品が来てるよ」
テーブルの上に置いたお見舞い品を指さす。
「え! わぁ! 本当だ!」
驚きつつも丸くした目は嬉しげだった。
それは自分がプレゼントをあげた時などに見せる可愛らしい表情だが、この時はそれを踏みにじってやりたい残酷な気持ちに駆られた。
「……ただ、忙しいみたいで、見舞い品を置いてすぐ帰ってしまったんだ。ごめんね、引き留められなくて」
「そんな、謝らないで。みんな忙しいだろうから仕方ないよ。そんな中ここまで足を運んでくれたことが僕は嬉しいよ」
幸助を傷つける嘘を吐いてもなお、ほくほくとした笑みを浮かべる彼に、晴仁は目を細めた。
まるで雑草のようだ。
踏みつぶしても決して折れないその強さは、いじらしく、そして忌々しい。
さすが防音にも配慮された部屋だ。
扉を閉めれば、外部の一切の音を排除したかのような静けさに満ちる。
ここが病院で、同じ建物の中に他の人間がいることを忘れさせるほどだ。
晴仁は預かった見舞い品をテーブルに置き、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
そして辺りを見回す。
特別室とあってやはり広く、部屋にはソファやローテーブルの応接セットだけでなく、キッチンやトイレ、バスまで設備されている。
晴仁の後ろに設けられている窓は磨き上げられており、窓の外で揺れる木々の葉の柔らかさやそこに滲む陽のあたたかさまでもが、直接五感に触れてくるようだった。
幸助は成人男性とは思えないあどけない寝息を零しながら寝ていた。
その唇を風に揺れた梢の影が撫でた。
それにつられるように、あるいは唇に漂うあどけない色香に誘われるように、晴仁はそっと手を伸ばした。
しかし唇に指先が触れるか触れないかのところで、幸助が薄く目を開いた。
晴仁はスッと手を引いた。
「……やぁ、よく眠れたみたいだね」
「あ、晴仁かぁ。おはよう」
幸助が緩く微笑んだ。
微睡みの気だるさと相まって、それはある種の色気を漂わせていた。
「わぁ、もう三時! 結構寝たなぁ」
幸助は枕元の時計を見て目を丸くした。
「ごめんね、晴仁がせっかく休みを取ってお見舞いに来てくれたのに寝ていてばかりで……」
「いや、いいよ。家にいても暇だしね。こーすけのいない家は寂しいから。こーすけのいない家より、ここの方が落ち着く。それにここは静かで読書にも向いてるしね」
「晴仁……っ!」
感極まったように目をキラキラと輝かせる。
晴仁は小さく笑った。
幸助は単純だ。
なのに彼の心を支配することはできない。
恐らく彼の中に認められたいだとか愛されたいだとかいう気持ちがないからだろう。
単純で扱いやすいのに、けれど思い通りにいかない。
そういったところが腹立たしいのに、そこに惚れているのもまた事実だった。
「本当に晴仁はできた人だね……っ! もし晴仁がいなかったら僕のお見舞いに来てくれる人はいなかったよ」
ドアに下げられた面会謝絶の札を知らない幸助が自虐的に笑った。
「そんなことないよ。ほらそこにお見舞いの品が来てるよ」
テーブルの上に置いたお見舞い品を指さす。
「え! わぁ! 本当だ!」
驚きつつも丸くした目は嬉しげだった。
それは自分がプレゼントをあげた時などに見せる可愛らしい表情だが、この時はそれを踏みにじってやりたい残酷な気持ちに駆られた。
「……ただ、忙しいみたいで、見舞い品を置いてすぐ帰ってしまったんだ。ごめんね、引き留められなくて」
「そんな、謝らないで。みんな忙しいだろうから仕方ないよ。そんな中ここまで足を運んでくれたことが僕は嬉しいよ」
幸助を傷つける嘘を吐いてもなお、ほくほくとした笑みを浮かべる彼に、晴仁は目を細めた。
まるで雑草のようだ。
踏みつぶしても決して折れないその強さは、いじらしく、そして忌々しい。
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