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第5章 35歳にして、愛について知る
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『面会謝絶』
幸助の病室のドアにぶら下がる札のその文字を、花束を抱えて凝視するテツに晴仁は喉の奥で笑いを押し込めながら近づいた。
「やぁ、久しぶりだね」
晴仁の声に勢いよく振り向くと、テツは露骨に顔を顰めた。
「おい何だよ、これは」
面会謝絶の札を親指で指しながら、テツが訝しげにたずねる。
「ん? 見ての通りだよ。面会謝絶。申し訳ありませんが面会はお断りさせて頂きます、ってことだよ。七橋君に漢字は難しかったかな?」
「意味をきいてるわけじゃねぇよ! 何を企んでるんだってきいてるんだよ!」
テツのひどい言い様に苦笑する。
「企むなんてひどいなぁ。これはお医者さんの決定だよ。僕はノータッチだ」
「……嘘くせぇ」
テツは鋭い疑念の視線を晴仁に向けた。
「俺が昨日特別室への変更手続きをしに来たときは面会謝絶なんて言ってなかった」
「へぇ、君が特別室に変更させたんだね」
やっぱり、と晴仁は思った。
ドアの造りから明らかに違うこの部屋は、普通部屋と広さや快適さ、そして金額に相当の差がある。
幸助にそんなお金があるはずがないし、あったとしても性格上そういった特別な待遇を彼が望むとも思えなかった。
だからこの変更は他の誰かによるものだろうと晴仁は思っていた。
そしてその他の誰かというのは、幸助の雇い主であり、忌々しいほどに彼に好意を抱いているこの七橋哲哉に違いないと確信していた。
「すごいねぇ。一介の従業員のために雇い主様自ら特別室に変更させるなんて。これぞ雇い主の鑑だ」
「うるせぇ。療養中の幸助さんを汚い部屋で過ごさせるわけないだろ。……それにうちの店の客とのトラブルだしな」
テツが後ろめたそうに俯いた。
その辛気くさい顔に晴仁はため息を吐いた。
「……とりあえず、次からは気をつけてね。僕の幸助を預けてあげてるんだから」
「誰がテメェのだ」
ギッと鋭くテツが睨み付ける。
「つーか、この札本物なのか? お前が俺の目を欺くために作った偽物じゃないだろうな」
札を手に取り、じっと検分するテツの目は刑事のような鋭さがあった。
「それは間違いなく本物です」
突然の声に驚いたテツが後ろを振り向くとそこには、シャープな眼鏡を掛けた看護師が立っていた。
笑みを少しも浮かべない凜とした表情は、冷たさも感じるが同時に公正な厳格さも感じられる。
「青葉さんは精神的に大きなダメージを受けています。ですのでまだ人と会うべきではないと医師が判断した次第です」
看護師が眼鏡のブリッジを持ち上げ抑揚なくそう言い上げた。
さすがのテツも疑う余地はないと思ったのか口を噤んだ。
「そちらの花束、もしよければこちらでお預かりしますが、いかがしますか」
「……じゃあお願いします」
テツは渋々といった感じだったが、腕に抱えていた大きな花束を看護師に渡した。
「お名前は?」
「七橋哲哉」
「分かりました。間違いなく青葉さんにお渡しします」
「じゃあお願いします」
「七橋君、せっかくだしこれから僕とお茶でも……」
「しねぇよ!」
吐き捨てるように言って、テツはそのまま踵を返した。
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