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第5章 35歳にして、愛について知る

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蓮さんが目を瞠ったまま何も反応がない。
し、しまった……!
血の気がサッと引いた。
桜季さんから借りた言葉で偉そうに……と思われたかもしれない。
それにあの言葉は桜季さんが言ったからこそ説得力があったのだろう。
僕みたいなのに言われてもムッとくるだけかもしれない。
やっぱり通知表に書かれた『もっと考えて行動しましょう』は僕の永遠の課題だ……。
考えなしに出てしまった言葉を後悔していると、蓮さんが額に右手を当てて大きく溜め息を吐いた。
怒りを通り越して呆れてしまったのだろうか。

「……やっぱりお前、変だな」
「へ、変ですか……?」
「変だよ、すげぇ変」

真正面から変だと言われ戸惑う僕に、蓮さんは再度、しかも強調して変だと断言した。
けれどその声は、笑うような柔らかさを含んでいた。

「……お前、メロン好きか?」
「え、メロンですか?」

脈絡のない突然の質問に僕はパチパチと目をしばたかせた。

「そうですね、甘くて好きです。でも高いから自分で買うことはないですけど」

苦笑しながら答えると、蓮さんは「そうか」とだけ言って立ち上がった。

「……じゃあ今度来る時に持ってきてやる」
「え……!」

僕は目を丸くして蓮さんを見上げた。
蓮さんは僕の視線から逃げるように、顔を逸らした。

「だからっ、今度見舞いに来る時にメロン持ってきてやるよって言ってんだよっ。話の流れで察しろよ」

吐き捨てるような少し荒い口調で蓮さんが言った。
けれど不思議と怖くはなかった。
それは、そこに不器用な優しさを感じたからかもしれない。

「ありがとうございます! すごく楽しみにしていますね」

こみ上げてくる嬉しさに顔が緩んだ。
そんな僕の顔を見て、「だらしねぇ面」と溜め息と苦笑を混ぜたような声で言うと蓮さんは僕に背を向けた。

「……早く店に戻ってこいよ。お前みたいな存在感の薄いヘルプ、他にいねぇからな」

ぼそぼそと苦い声でそう言う蓮さんに僕は目を丸くした。
らしくないと思ったのか、仕切り直すようにガシガシと荒く髪を掻いて蓮さんが付け加えた。

「だからさっさと腹直せ! 俺がわざわざメロン買ってきてやるんだから、残したら承知しないからな」

肩越しにギロリと睨まれ、僕は思わずシャンと背筋を伸ばした。

「は、はい! がんばって治します!」

僕の返答にフンと鼻を鳴らして蓮さんは部屋を出た。
バタンとドアが閉まると、ふーっと長い溜め息が思わず口から漏れた。
やっぱり蓮さんと話すのは少し緊張する。
でも前よりも少し、本当に少しだけど、打ち解けられた気がした。
今までは、蓮さんから放たれる僕への嫌いオーラが強く挨拶さえはばかられていた。
それが今回の一件で和らいだので、もしかしたらこれからは普通に話せるかもしれない、そんな期待が胸に芽を出した。
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