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第5章 35歳にして、愛について知る

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申し訳なさで唇をぎゅっと噛んでいると、突然蓮さんが舌打ちをしてガリガリと乱暴に頭を掻き始めた。

「っ、だから何でお前はそうやって俺を庇うんだよっ。調子が狂うっ」

吐き捨てるように言ってから、蓮さんはまっすぐ僕を見た。

「あれは全くお前は悪くねぇよ。完全に俺の責任だ」

苦々しく、けれどはっきりそう言うと、床に倒れている丸イスを起こしてそこに腰を下ろした。
そして肘を突いて手を組み、そこに額を当てて大きく溜め息を吐いた。

「麻奈美、結構前から俺に対する執着が少しずつ強くなっていたんだ。それに気づいた時に、徐々に距離を置くなりして麻奈美の俺への熱を下げさせなきゃいけなかったのに、俺はそれができなかった。麻奈美は最初に俺を指名してくれた客で大事にしたかったし……嫌われたくなかった」

蓮さんは顔を上げると、自嘲気味に笑った。

「それで麻奈美の好意に気づいているくせにきっぱり拒まないで、ホストのリップサービスは繰り返して……それで手遅れになった」

手遅れ、の部分から後悔の念が溢れ出るように蓮さんの声が震えた。

「……桜季の奴が言ってた通り、お前に八つ当たりして責任押しつけてた。お前を責めてる間は自分を責めなくていいからな。自分のせいで麻奈美があんな風になったって認めるのが、怖かったんだ」

喉の奥からせり上がってくる自分への苛立ちに耐えるように、蓮さんはグッと歯を食いしばった。

蓮さんの気持ちは痛いほど分かった。
大げさに言っているわけじゃない。
僕も蓮さんと同じだった。
もし自分がこうしていたら……、と悔やんで過去の自分を責めていた。
自分を責めることには出口がないから辛い。
考えれば考えるほど、暗闇の中へ追い込まれていくような感覚に陥るのだ。
でもそんな僕を出口へ導いてくれたのは、桜季さんの言葉だった。

「……れ、蓮さん」

呼び掛けると、蓮さんは暗い目をこちらに向けた。
僕は唾を飲み込み、意を決して口を開いた。

「そ、それは自意識過剰ですよぉ~」
「……テメェ、殴られたいのか?」

桜季さんのあの暗い雰囲気を霧散させる明るい言い方をまねてみたのだけど、蓮さんが怒りの波動に満ちたドスの利いた声を出したので慌てて首を振った。

「い、いえそうじゃなくて! 僕も自分を責めて苦しかった時があったんですけど、その時桜季さんに言われたんです。自意識過剰だって」
「はぁ? なんだよそれ? わけわかんねぇ」

蓮さんが不可解そうに顔を歪めたので、説明を付け足した。

「だってこの世の中人も社会も複雑なんですよ。だからひとつのことだけが原因なはずがないって。それなのに自分のせいだけって思ってしまうのは、桜季さんからすれば自意識過剰さんだそうです」

桜季さんに言われたことを思い出しながら苦笑する。
自意識過剰。
そう言われてしまっては自分を責めることはできない。
桜季さんらしい優しさだと思った。

「……あいつらしいくだらねぇ屁理屈だな」

蓮さんが呆れ切ったような溜め息を吐いた。
けれどさっき自分を責めていた時より、表情は暗くない。
僕は蓮さんの膝の上に手を乗せた。
そして蓮さんの目をしっかり見ながらゆっくりと言った。

「自分の気持ちを楽にさせてくれるなら屁理屈だっていいじゃないですか。自分を責めたままじゃ前に進めません。自分を責めたって過去も未来も変わらないです。それでもまだ自分を責めるなら……僕と半分に分けましょう」

蓮さんが目を見開いて僕を見詰めた。
僕は微笑んで頷いた。

「さっき言ってましたよね、僕を責めてる間は自分を責めなくてよかったって。ならそれでいいじゃないですか。だって僕と半分ずつに分けるんですから。それで気持ちが楽になった分前に進んでください。自分を責める時間を他のお客さんをいっぱい喜ばせる時間にあててください」

残念ながら麻奈美さんとの件はもうやり直しはきかない。
でもこれからのことなら変えていけるはずだ。
いつだって過去は不変で、変えられるのは未来だけだ。
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