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第5章 35歳にして、愛について知る
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「……ごめん、麻奈美。俺は麻奈美ひとりを愛することはできないんだ」
彼女を傷つけることを承知で口にしたのだろう、蓮さんも辛そうだった。
でも、こうしてはっきり言うのが、彼女のためだ。
僕は蓮さんの後ろで唇を噛んだ。
麻奈美さんは蓮さんの言葉に顔をこわばらせた。
けれど、次には煮えたぎった怒りで顔を紅潮させた。
「どうして! どうしてそんなこと言うの! ……さては、ここ数日蓮をかくまっていた女にそう言えって言われたの?」
「違う、俺は女の家なんかに行ってない。これは俺自身の……」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
理性を失った声が蓮さんの言葉を遮った。
「もういい……。もういい。蓮がその女の肩を持つっていうなら……」
麻奈美さんがスッとコートのポケットに手を入れ何かを取り出した。
それが鋭い光を湛えたナイフだと気づいた時には、彼女はこちらに突進してきていた。
僕はとっさに蓮さんの腕を後ろに引き、彼の前に出た。
グロテスクな音とともに、お腹の肉の中に鋭利な冷たさが沈んでいった。
しかしそれは一瞬のことで、激しい痛みと熱が傷から湧き上がってきた。
服にじわりと血が滲む。
彼女がナイフの柄から手を離して、後ずさった。
彼女は顔面蒼白で、表情はこわばっていた。
とんでもないことをしてしまったという後悔が顔中に広がっていた。
僕は立っているのもきつく、その場に座り込んだ。
ハァ、ッハァ、と痛みで呼吸がぶつ切りになっていく。
「おい! 大丈夫かよ!」
後ろから僕の肩を抱きながら、ひどく狼狽した声で蓮さんが叫んだ。
「ち、違う! 私はコウさんを刺すつもりじゃ……!」
麻奈美さんは震える声でそう言うと、そのままきびすを返してその場を走り去った。
その足音はひどく狼狽していて、途中何度か転びかけていた。
痛みは際限なく血とともに傷口から溢れていたけれど、逃げ去った彼女の後ろ姿を見てほっと安堵した。
「おいっ! しっかりしろ! 今から救急車呼ぶから!」
蓮さんが僕の体をさすりながら泣きそうな声で叫ぶので、僕は彼の方を振り返って、何とか笑みを絞り出した。
「だ、大丈夫です……。だからそんなに、心配、しな、い、で……」
ください、と続けようとしたけれど、頭に血が回っていないのか目眩が渦巻いて、そのまま僕は意識を手放した。
彼女を傷つけることを承知で口にしたのだろう、蓮さんも辛そうだった。
でも、こうしてはっきり言うのが、彼女のためだ。
僕は蓮さんの後ろで唇を噛んだ。
麻奈美さんは蓮さんの言葉に顔をこわばらせた。
けれど、次には煮えたぎった怒りで顔を紅潮させた。
「どうして! どうしてそんなこと言うの! ……さては、ここ数日蓮をかくまっていた女にそう言えって言われたの?」
「違う、俺は女の家なんかに行ってない。これは俺自身の……」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
理性を失った声が蓮さんの言葉を遮った。
「もういい……。もういい。蓮がその女の肩を持つっていうなら……」
麻奈美さんがスッとコートのポケットに手を入れ何かを取り出した。
それが鋭い光を湛えたナイフだと気づいた時には、彼女はこちらに突進してきていた。
僕はとっさに蓮さんの腕を後ろに引き、彼の前に出た。
グロテスクな音とともに、お腹の肉の中に鋭利な冷たさが沈んでいった。
しかしそれは一瞬のことで、激しい痛みと熱が傷から湧き上がってきた。
服にじわりと血が滲む。
彼女がナイフの柄から手を離して、後ずさった。
彼女は顔面蒼白で、表情はこわばっていた。
とんでもないことをしてしまったという後悔が顔中に広がっていた。
僕は立っているのもきつく、その場に座り込んだ。
ハァ、ッハァ、と痛みで呼吸がぶつ切りになっていく。
「おい! 大丈夫かよ!」
後ろから僕の肩を抱きながら、ひどく狼狽した声で蓮さんが叫んだ。
「ち、違う! 私はコウさんを刺すつもりじゃ……!」
麻奈美さんは震える声でそう言うと、そのままきびすを返してその場を走り去った。
その足音はひどく狼狽していて、途中何度か転びかけていた。
痛みは際限なく血とともに傷口から溢れていたけれど、逃げ去った彼女の後ろ姿を見てほっと安堵した。
「おいっ! しっかりしろ! 今から救急車呼ぶから!」
蓮さんが僕の体をさすりながら泣きそうな声で叫ぶので、僕は彼の方を振り返って、何とか笑みを絞り出した。
「だ、大丈夫です……。だからそんなに、心配、しな、い、で……」
ください、と続けようとしたけれど、頭に血が回っていないのか目眩が渦巻いて、そのまま僕は意識を手放した。
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