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第5章 35歳にして、愛について知る

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「ふざけんなよ、テメェ! わざとか? わざとなのか! 桜季の野郎を煽るんじゃねぇ! あいつあの緩い口調に反して結構ヤバい奴だからな!」
「は、はい、すみません……!」

スタッフ用出入り口から路地裏に出ると、振り向くやいなや蓮さんが怒鳴った。
ただ怒りよりも、この話を桜季さんの前でしないでくれという懇願の意味合いの方が強い気がして、それ故に必死さが滲んだ声だった。

「いいか、もし寝たときのことを訊かれても絶対に、お前が勝手にベッドに入って来たことにしろ」
「え!」
「あと、ベッドの端と端にいて全く接触はなかったことにしろ、いいな?」
「あ、えっと、はい……」

蓮さんが詰め寄ってあまりにも必死に言うので、僕は頷くしかなかった。
一体、蓮さんと桜季さんの間に何があったのだろう……、と考えてると、

「やっと見つけた……!」

蓮さん越しに声が聞こえた。
憔悴しきった、けれど妙に明るい、なんだか不気味な声だった。
僕は蓮さんの肩越しに声の主を見た。
蓮さんも後ろを振り向いた。
ゴクリ、と僕らの唾を飲む気配が重なった。

「麻奈美……」

僕たちから五メートルくらい離れたところに、久しく見ていなかった麻奈美さんの姿があった。
微笑んではいるものの、目は虚ろで、最後に会ったときよりも痩せていて、その笑みに明るさはなかった。
ビルとビルの間の薄暗い路地裏に、麻奈美さんの不健康な肌とロングコートの白さが際だっていた。
麻奈美さんがコツコツと靴を鳴らしてこちらへ歩み寄ってきた。

「ねぇ、どうして家に帰って来なかったの? 私、心配したんだよ」

蓮さんは答えず、息をのんで僕を背に隠すようにして後ずさった。

「ねぇ! 聞いてるの!? 無視しないで!」

彼女はその場で止まり、歪な声の高さで叫んだ。
蓮さんが慎重に口を開いた。

「……麻奈美、もうやめよう。こんなことをしても何も麻奈美の得にはならない。俺みたいなホストに執着しなくても、もっと麻奈美をちゃんと愛してくれる男がこの世界にはいるから。俺みたいなのに構ってるのは時間がもったいないよ」

興奮した相手をなだめるのに十分な優しさと誠実さを含んだ声だった。
けれど、その優しさや誠実さは今の彼女にとってナイフのようなものだったらしく、蓮さんの言葉に傷ついたように彼女は目を見開いた。
そして、泣き出しそうな顔で首を振った。

「違う……っ! 違うの! 私は愛されれば誰でもいいわけじゃないの! 私は、蓮に、愛されたいの! ただそれだけなの!」

相手に想いが通じず、悲しむような苛立っているような声だった。
蓮さんは逡巡するような間を置いてゆっくり答えた。
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