93 / 228
第5章 35歳にして、愛について知る
35
しおりを挟む****
蓮さんが泊まった翌日。
いつも通り更衣室で着替えをすませ厨房に行くと、そこには桜季さんの他に珍しい人がいた。
「え! 蓮さん!?」
普段、厨房に来ることなんて滅多にない蓮さんに、僕は目を丸くした。
「あ! 青りんご、いらっしゃい~」
調理台でサラダを準備している桜季さがいつも通りあたたかい笑みで迎えてくれた。
けれどその横に立つ蓮さんは、こちらを振り返って僕の姿を見るなり舌打ちをした。
「テメェ、遅いんだよ。新人ならさっさと来いよ」
「え、あ、す、すみませんっ」
僕が慌てて頭を下げると、桜季さんが野菜を切る手を止めてフォローに入ってくれた。
「いやいや、青りんごは十分早いよぉ。というかぁ、いつも同伴で遅れてくるレンコンには言われたくないよねぇ」
「うるせぇ! 俺は仕事だからいいんだよ!」
一発触発な空気を醸し出す二人の会話に、僕は慌てて割って入った。
「そ、そういえばいつも同伴で忙しいのに、今日は先にお店にきてるって珍しいですね! 何か用事でもあるんですか?」
人気引っ張りだこの彼が、まだ他のホストも来ていないこの時間に来るなんて初めて見た気がする。
何気ない疑問だったのだけれど、なぜか蓮さんは困ったような、苦虫を噛んだような、複雑な顔をして言い淀んだ。
「あ、言いたくないことだったら別に言わなくていいですよ」
触れてはいけないことだったかもしれない。
僕としては気を遣っての言葉だったのだけれど、蓮さんは舌打ちをして乱暴に自分の頭を掻いた。
「ああっ、もうっ! 察しが悪いなテメェは! 普通、俺がわざわざこんな時間にこんな所に来てるんだから分かるだろう!」
「す、すみません……」
分かるだろう! と当然のように言われても申し訳ないことに全然見当もつかない。
どうしようかと思いあぐねていると、蓮さんは苛立ちの滲んだため息を吐いた。
「だから……っ、この間は一応世話になったからその礼を言いにきたんだよっ。……余計なお世話とはいえ、まぁ、その助かったというか……」
落ち着きなく自分の髪をくしゃくしゃと掻きながら、視線を逸らす蓮さん。
不承不承とした言い方だったが、それは紛れもなくお礼の言葉だった。
まさか早く来て僕に礼を言うため待っているとは思ってもいなかったので、僕は面食らった。
「……っ、こんなこと言わせんなよ! 三十五にもなるなら察しろよっ! この鈍感野郎!」
顔を赤くして暴言を吐く蓮さんだが、怒っているというよりもらしくない自分の言動に自分自身戸惑っているようにも見えた。
僕は何だか彼が初めて歳相応に見えて微笑ましくなった。
「何へらへら笑ってんだ!」
「あ、いや、すみません! あ! そうだ、昨日汗かいてシャワー浴びた時、脱いだ服忘れてましたよ。今日持ってきているので後で更衣室に取りに来てもらっていいですか?」
せっかくシャワーで汗を流したのに、また汗で濡れた服を着ては意味がない。
なので買い置きしていたシャツを蓮さんに貸したのだけれど、脱いだ服はそのまま忘れていた。
だから洗濯して今日持って来た、それだけの話なのだけれど、なぜか空気がピタリと固まった。
10
お気に入りに追加
739
あなたにおすすめの小説


モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。



前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果
はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる