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第5章 35歳にして、愛について知る

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蓮さんが泊まった翌日。
いつも通り更衣室で着替えをすませ厨房に行くと、そこには桜季さんの他に珍しい人がいた。

「え! 蓮さん!?」

普段、厨房に来ることなんて滅多にない蓮さんに、僕は目を丸くした。

「あ! 青りんご、いらっしゃい~」

調理台でサラダを準備している桜季さがいつも通りあたたかい笑みで迎えてくれた。
けれどその横に立つ蓮さんは、こちらを振り返って僕の姿を見るなり舌打ちをした。

「テメェ、遅いんだよ。新人ならさっさと来いよ」
「え、あ、す、すみませんっ」

僕が慌てて頭を下げると、桜季さんが野菜を切る手を止めてフォローに入ってくれた。

「いやいや、青りんごは十分早いよぉ。というかぁ、いつも同伴で遅れてくるレンコンには言われたくないよねぇ」
「うるせぇ! 俺は仕事だからいいんだよ!」

一発触発な空気を醸し出す二人の会話に、僕は慌てて割って入った。

「そ、そういえばいつも同伴で忙しいのに、今日は先にお店にきてるって珍しいですね! 何か用事でもあるんですか?」

人気引っ張りだこの彼が、まだ他のホストも来ていないこの時間に来るなんて初めて見た気がする。
何気ない疑問だったのだけれど、なぜか蓮さんは困ったような、苦虫を噛んだような、複雑な顔をして言い淀んだ。

「あ、言いたくないことだったら別に言わなくていいですよ」

触れてはいけないことだったかもしれない。
僕としては気を遣っての言葉だったのだけれど、蓮さんは舌打ちをして乱暴に自分の頭を掻いた。

「ああっ、もうっ! 察しが悪いなテメェは! 普通、俺がわざわざこんな時間にこんな所に来てるんだから分かるだろう!」
「す、すみません……」

分かるだろう! と当然のように言われても申し訳ないことに全然見当もつかない。
どうしようかと思いあぐねていると、蓮さんは苛立ちの滲んだため息を吐いた。

「だから……っ、この間は一応世話になったからその礼を言いにきたんだよっ。……余計なお世話とはいえ、まぁ、その助かったというか……」

落ち着きなく自分の髪をくしゃくしゃと掻きながら、視線を逸らす蓮さん。
不承不承とした言い方だったが、それは紛れもなくお礼の言葉だった。
まさか早く来て僕に礼を言うため待っているとは思ってもいなかったので、僕は面食らった。

「……っ、こんなこと言わせんなよ! 三十五にもなるなら察しろよっ! この鈍感野郎!」

顔を赤くして暴言を吐く蓮さんだが、怒っているというよりもらしくない自分の言動に自分自身戸惑っているようにも見えた。
僕は何だか彼が初めて歳相応に見えて微笑ましくなった。

「何へらへら笑ってんだ!」
「あ、いや、すみません! あ! そうだ、昨日汗かいてシャワー浴びた時、脱いだ服忘れてましたよ。今日持ってきているので後で更衣室に取りに来てもらっていいですか?」

せっかくシャワーで汗を流したのに、また汗で濡れた服を着ては意味がない。
なので買い置きしていたシャツを蓮さんに貸したのだけれど、脱いだ服はそのまま忘れていた。
だから洗濯して今日持って来た、それだけの話なのだけれど、なぜか空気がピタリと固まった。
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