91 / 228
第5章 35歳にして、愛について知る
33
しおりを挟む
「……それマジで言ってんの?」
俄かに信じ難いというように片目をすがめる蓮さんに、僕はなんだか自分がとんでもなく非常識なことを言っているような気持ちになり肩を窄めた。
「す、すみません、頭があまりよくないので、そんなに深い考えもなく連れてきました」
そんな僕をじっと怪訝そうに見ていた蓮さんだったが、大きな溜め息をひとつ零すと僕に背を向けた。
「アホじゃねぇのっ。とんだお人好しだな。絶対損するタイプ」
うっ……。
よく言われる言葉だ。
お人好し。
損する。
それはよく嘲りと共に寄越される言葉だ。
でも、僕は決して自分が損をしたとは思わない。
今回もそうだ。
僕はひとつだって損はしていない。
僕は背筋を伸ばして蓮さんの背中に向かって言った。
「別に何も損してないですよ。むしろ、昨日蓮さんをそのまま更衣室に置いて帰った方が、きっと今『大丈夫かな? 連れて帰っていればよかったな』って後悔しいたと思います」
連れ帰り損ねたことこそ、僕にとってはきっと損だ。
「なので蓮さんはそんなに深く僕の行動について考えなくて大丈夫ですよ。僕の言動にあんまり深い理由とか目的とかないので」
あははは、と軽く笑って言うと、蓮さんが振り向いて怪訝そうにこちらを見た。
不審を通り越して呆れ返っているというような表情にも見えた。
「あー、そうだな。真面目に考えた俺が馬鹿だったわ」
頭を掻きながら、蓮さんが前を向いた。
そしてひとつ大きな溜め息を吐くと、「んじゃ」と手を振ってそのままドアを開けた。
そしてドアが閉まる間際、小さな声だったが、確かに「……世話になった」とぼそりと呟いた。
本当に蓮さんが言ったのか確かめる間もなく、バタンと重いドアが僕らを隔てた。
蓮さんの足音がドアの向こうに遠ざかっていっても、僕はしばらくドアの前に立ち続けていた。
蓮さんが言い残した言葉は、記憶に残すにはあまりに小さく、空耳にも思えるほどだったが、それでも彼は確かに言った。
それは蓮さんが僕に初めて向けた感謝の言葉だった。
僕は温かくなった胸をぎゅっと押さえて微笑んだ。
ほら、やっぱり損なんかしていない。
俄かに信じ難いというように片目をすがめる蓮さんに、僕はなんだか自分がとんでもなく非常識なことを言っているような気持ちになり肩を窄めた。
「す、すみません、頭があまりよくないので、そんなに深い考えもなく連れてきました」
そんな僕をじっと怪訝そうに見ていた蓮さんだったが、大きな溜め息をひとつ零すと僕に背を向けた。
「アホじゃねぇのっ。とんだお人好しだな。絶対損するタイプ」
うっ……。
よく言われる言葉だ。
お人好し。
損する。
それはよく嘲りと共に寄越される言葉だ。
でも、僕は決して自分が損をしたとは思わない。
今回もそうだ。
僕はひとつだって損はしていない。
僕は背筋を伸ばして蓮さんの背中に向かって言った。
「別に何も損してないですよ。むしろ、昨日蓮さんをそのまま更衣室に置いて帰った方が、きっと今『大丈夫かな? 連れて帰っていればよかったな』って後悔しいたと思います」
連れ帰り損ねたことこそ、僕にとってはきっと損だ。
「なので蓮さんはそんなに深く僕の行動について考えなくて大丈夫ですよ。僕の言動にあんまり深い理由とか目的とかないので」
あははは、と軽く笑って言うと、蓮さんが振り向いて怪訝そうにこちらを見た。
不審を通り越して呆れ返っているというような表情にも見えた。
「あー、そうだな。真面目に考えた俺が馬鹿だったわ」
頭を掻きながら、蓮さんが前を向いた。
そしてひとつ大きな溜め息を吐くと、「んじゃ」と手を振ってそのままドアを開けた。
そしてドアが閉まる間際、小さな声だったが、確かに「……世話になった」とぼそりと呟いた。
本当に蓮さんが言ったのか確かめる間もなく、バタンと重いドアが僕らを隔てた。
蓮さんの足音がドアの向こうに遠ざかっていっても、僕はしばらくドアの前に立ち続けていた。
蓮さんが言い残した言葉は、記憶に残すにはあまりに小さく、空耳にも思えるほどだったが、それでも彼は確かに言った。
それは蓮さんが僕に初めて向けた感謝の言葉だった。
僕は温かくなった胸をぎゅっと押さえて微笑んだ。
ほら、やっぱり損なんかしていない。
30
お気に入りに追加
738
あなたにおすすめの小説




言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる