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第5章 35歳にして、愛について知る
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「……それマジで言ってんの?」
俄かに信じ難いというように片目をすがめる蓮さんに、僕はなんだか自分がとんでもなく非常識なことを言っているような気持ちになり肩を窄めた。
「す、すみません、頭があまりよくないので、そんなに深い考えもなく連れてきました」
そんな僕をじっと怪訝そうに見ていた蓮さんだったが、大きな溜め息をひとつ零すと僕に背を向けた。
「アホじゃねぇのっ。とんだお人好しだな。絶対損するタイプ」
うっ……。
よく言われる言葉だ。
お人好し。
損する。
それはよく嘲りと共に寄越される言葉だ。
でも、僕は決して自分が損をしたとは思わない。
今回もそうだ。
僕はひとつだって損はしていない。
僕は背筋を伸ばして蓮さんの背中に向かって言った。
「別に何も損してないですよ。むしろ、昨日蓮さんをそのまま更衣室に置いて帰った方が、きっと今『大丈夫かな? 連れて帰っていればよかったな』って後悔しいたと思います」
連れ帰り損ねたことこそ、僕にとってはきっと損だ。
「なので蓮さんはそんなに深く僕の行動について考えなくて大丈夫ですよ。僕の言動にあんまり深い理由とか目的とかないので」
あははは、と軽く笑って言うと、蓮さんが振り向いて怪訝そうにこちらを見た。
不審を通り越して呆れ返っているというような表情にも見えた。
「あー、そうだな。真面目に考えた俺が馬鹿だったわ」
頭を掻きながら、蓮さんが前を向いた。
そしてひとつ大きな溜め息を吐くと、「んじゃ」と手を振ってそのままドアを開けた。
そしてドアが閉まる間際、小さな声だったが、確かに「……世話になった」とぼそりと呟いた。
本当に蓮さんが言ったのか確かめる間もなく、バタンと重いドアが僕らを隔てた。
蓮さんの足音がドアの向こうに遠ざかっていっても、僕はしばらくドアの前に立ち続けていた。
蓮さんが言い残した言葉は、記憶に残すにはあまりに小さく、空耳にも思えるほどだったが、それでも彼は確かに言った。
それは蓮さんが僕に初めて向けた感謝の言葉だった。
僕は温かくなった胸をぎゅっと押さえて微笑んだ。
ほら、やっぱり損なんかしていない。
俄かに信じ難いというように片目をすがめる蓮さんに、僕はなんだか自分がとんでもなく非常識なことを言っているような気持ちになり肩を窄めた。
「す、すみません、頭があまりよくないので、そんなに深い考えもなく連れてきました」
そんな僕をじっと怪訝そうに見ていた蓮さんだったが、大きな溜め息をひとつ零すと僕に背を向けた。
「アホじゃねぇのっ。とんだお人好しだな。絶対損するタイプ」
うっ……。
よく言われる言葉だ。
お人好し。
損する。
それはよく嘲りと共に寄越される言葉だ。
でも、僕は決して自分が損をしたとは思わない。
今回もそうだ。
僕はひとつだって損はしていない。
僕は背筋を伸ばして蓮さんの背中に向かって言った。
「別に何も損してないですよ。むしろ、昨日蓮さんをそのまま更衣室に置いて帰った方が、きっと今『大丈夫かな? 連れて帰っていればよかったな』って後悔しいたと思います」
連れ帰り損ねたことこそ、僕にとってはきっと損だ。
「なので蓮さんはそんなに深く僕の行動について考えなくて大丈夫ですよ。僕の言動にあんまり深い理由とか目的とかないので」
あははは、と軽く笑って言うと、蓮さんが振り向いて怪訝そうにこちらを見た。
不審を通り越して呆れ返っているというような表情にも見えた。
「あー、そうだな。真面目に考えた俺が馬鹿だったわ」
頭を掻きながら、蓮さんが前を向いた。
そしてひとつ大きな溜め息を吐くと、「んじゃ」と手を振ってそのままドアを開けた。
そしてドアが閉まる間際、小さな声だったが、確かに「……世話になった」とぼそりと呟いた。
本当に蓮さんが言ったのか確かめる間もなく、バタンと重いドアが僕らを隔てた。
蓮さんの足音がドアの向こうに遠ざかっていっても、僕はしばらくドアの前に立ち続けていた。
蓮さんが言い残した言葉は、記憶に残すにはあまりに小さく、空耳にも思えるほどだったが、それでも彼は確かに言った。
それは蓮さんが僕に初めて向けた感謝の言葉だった。
僕は温かくなった胸をぎゅっと押さえて微笑んだ。
ほら、やっぱり損なんかしていない。
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