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第5章 35歳にして、愛について知る
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酒豪というわけではないけれど、お酒は弱い方ではない。
そのおかげで今までお酒のせいで吐いたり、裸になって踊るなどの世に言う酔っぱらい武勇伝を残すこともなかった。
まぁ、あまり社交的な人間ではないのでお酒の席に誘われることがあまりなかったことが大きな理由ではあると思うけれど。
それでも、やっぱりお酒を飲み過ぎると体に多少の影響はある。
主に下半身。
「うぅ……、まただ……」
自分の不甲斐なさに溜息をつきながら裏手にあるホスト用のトイレへ向かう。
ヘルプとしてテーブルにつかせてもらうとお酒をたくさん飲むことになるのだけれど、いつもこういう失態をおかしてしまう。
は、早く、出したい――!
迫り来るものをなんとか抑えながらトイレへ駆け込む。
そしてチャックを下ろして、今までせき止めていたものから一気に力を抜く。
何ともいえない解放感とトイレに間に合った安堵に思わず溜息が漏れた。
「はぁぁ、よかった間に合って……」
年のせいなのか、飲み過ぎるとトイレが近くなり、お酒を飲んで場を盛り上げるヘルプの身でありながら何度も席を立ってしまう。
悪いなと思いつつ、お客さんの前で漏らしてしまうよりはマシだろうと無理矢理自分に言い聞かせるのが常だ。
ただでさえ周りから浮いているのに、お漏らしホストなんて異名がついたらさらに悪目立ちしてしまう。
もっともお客さんの前で漏らした瞬間、クビになること間違いないだろうけれど……。
「ぅう……っ、ぅえ、っ」
手を洗いトイレから出ようとした時、奥から苦しそうなうめき声が聞こえ、後ろを振り返った。
苦い声の響く奥の個室を覗くと、ドアの隙間から、便器の前にしゃがみ込む姿が見えた。
胃の中で暴れる吐き気をどうにかして便器に吐き出そうとするその姿は、後からでも苦しそうなのがよく分かった。
ホストはお酒を飲むことが主たる仕事と言っても過言ではない。
そのため飲み過ぎた子がトイレで戻すことがたまにある。
「だ、大丈夫ですか? お水持ってきましょうか?」
震える背中をさすりながら訊くと、俯いていた顔がこちらへ振り返った。
「あ……!」
振り返ったのは、顔色が真っ白の蓮さんだった。
蓮さんは僕の姿を認めると、顔を露骨にしかめた。
「っ、なんだよテメェかよ……。ただでさえ胸くそ悪いのに最悪……」
僕を睨みながら忌々しげに吐き捨てる蓮さんだが、その目は覇気がなく、赤みがかって少し潤んでいる。
体も熱く、ただお酒に呑まれてしまっただけではないようだ。
「大丈夫ですか? 顔色もよくないし、体調がよくないんじゃ……。それなら少し休んだ方が……」
「っ、うるせぇ! 自分のことは自分がよく分かってる! 余計なこと言うなっ!」
背中を撫でる僕の手を振り払って、蓮さんが立ち上がった。
しかしすぐにふらつき、前に倒れそうになったので、僕は慌てて手を伸ばし彼を支えた。
「や、やっぱり、今日は休んだ方がいいですよ」
鬱陶しがられるのを承知で言ってみたが、聞く耳を持たず、鋭い眼光が向けられた。
「うるせぇ! 俺はお前と違って待ってる客がいるんだよっ。甘ったれたお前と一緒にすんなっ」
そう言い放つと、蓮さんは僕を振り払ってトイレを後にした。
その後、心配になってVIPルームで接客をしている蓮さんを覗きに行ったが、そこにはトイレで見た体調の悪そうな蓮さんはおらず、ナンバーワンホストの名に恥じぬきらびやかな笑みを浮かべる蓮さんがいた。
僕は蓮さんに見つからないよう早々に顔を引っ込めた。
さすが、ナンバーワンホスト。
きっときついだろうに無理をしているに違いない。
お客さんの前では絶対に笑顔を絶やさない蓮さんに、ホストとしてのプライドを見た気がした。
蓮さんが僕を甘ったれているというのも頷ける。
きっと彼は自分にも厳しい分、人にも厳しいのだ。
僕も見習わないと……!
例え僕を待っているお客さんがいなくても。
僕は急いでヘルプの席に戻った。
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