上 下
83 / 228
第5章 35歳にして、愛について知る

25

しおりを挟む

****

酒豪というわけではないけれど、お酒は弱い方ではない。
そのおかげで今までお酒のせいで吐いたり、裸になって踊るなどの世に言う酔っぱらい武勇伝を残すこともなかった。
まぁ、あまり社交的な人間ではないのでお酒の席に誘われることがあまりなかったことが大きな理由ではあると思うけれど。
それでも、やっぱりお酒を飲み過ぎると体に多少の影響はある。
主に下半身。

「うぅ……、まただ……」

自分の不甲斐なさに溜息をつきながら裏手にあるホスト用のトイレへ向かう。
ヘルプとしてテーブルにつかせてもらうとお酒をたくさん飲むことになるのだけれど、いつもこういう失態をおかしてしまう。
は、早く、出したい――!
迫り来るものをなんとか抑えながらトイレへ駆け込む。
そしてチャックを下ろして、今までせき止めていたものから一気に力を抜く。
何ともいえない解放感とトイレに間に合った安堵に思わず溜息が漏れた。

「はぁぁ、よかった間に合って……」

年のせいなのか、飲み過ぎるとトイレが近くなり、お酒を飲んで場を盛り上げるヘルプの身でありながら何度も席を立ってしまう。
悪いなと思いつつ、お客さんの前で漏らしてしまうよりはマシだろうと無理矢理自分に言い聞かせるのが常だ。
ただでさえ周りから浮いているのに、お漏らしホストなんて異名がついたらさらに悪目立ちしてしまう。
もっともお客さんの前で漏らした瞬間、クビになること間違いないだろうけれど……。

「ぅう……っ、ぅえ、っ」

手を洗いトイレから出ようとした時、奥から苦しそうなうめき声が聞こえ、後ろを振り返った。
苦い声の響く奥の個室を覗くと、ドアの隙間から、便器の前にしゃがみ込む姿が見えた。
胃の中で暴れる吐き気をどうにかして便器に吐き出そうとするその姿は、後からでも苦しそうなのがよく分かった。
ホストはお酒を飲むことが主たる仕事と言っても過言ではない。
そのため飲み過ぎた子がトイレで戻すことがたまにある。

「だ、大丈夫ですか? お水持ってきましょうか?」

震える背中をさすりながら訊くと、俯いていた顔がこちらへ振り返った。

「あ……!」

振り返ったのは、顔色が真っ白の蓮さんだった。
蓮さんは僕の姿を認めると、顔を露骨にしかめた。

「っ、なんだよテメェかよ……。ただでさえ胸くそ悪いのに最悪……」

僕を睨みながら忌々しげに吐き捨てる蓮さんだが、その目は覇気がなく、赤みがかって少し潤んでいる。
体も熱く、ただお酒に呑まれてしまっただけではないようだ。

「大丈夫ですか? 顔色もよくないし、体調がよくないんじゃ……。それなら少し休んだ方が……」
「っ、うるせぇ! 自分のことは自分がよく分かってる! 余計なこと言うなっ!」

背中を撫でる僕の手を振り払って、蓮さんが立ち上がった。
しかしすぐにふらつき、前に倒れそうになったので、僕は慌てて手を伸ばし彼を支えた。

「や、やっぱり、今日は休んだ方がいいですよ」

鬱陶しがられるのを承知で言ってみたが、聞く耳を持たず、鋭い眼光が向けられた。

「うるせぇ! 俺はお前と違って待ってる客がいるんだよっ。甘ったれたお前と一緒にすんなっ」

そう言い放つと、蓮さんは僕を振り払ってトイレを後にした。

その後、心配になってVIPルームで接客をしている蓮さんを覗きに行ったが、そこにはトイレで見た体調の悪そうな蓮さんはおらず、ナンバーワンホストの名に恥じぬきらびやかな笑みを浮かべる蓮さんがいた。
僕は蓮さんに見つからないよう早々に顔を引っ込めた。
さすが、ナンバーワンホスト。
きっときついだろうに無理をしているに違いない。
お客さんの前では絶対に笑顔を絶やさない蓮さんに、ホストとしてのプライドを見た気がした。
蓮さんが僕を甘ったれているというのも頷ける。
きっと彼は自分にも厳しい分、人にも厳しいのだ。
僕も見習わないと……!
例え僕を待っているお客さんがいなくても。
僕は急いでヘルプの席に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

美形でヤンデレなケモミミ男に求婚されて困ってる話

月夜の晩に
BL
ペットショップで買ったキツネが大人になったら美形ヤンデレケモミミ男になってしまい・・?

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

処理中です...