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第5章 35歳にして、愛について知る

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「それじゃあ、行ってくるね。留守はよろしくね」

晴仁は靴を履き終えると、くるりと僕の方を振り返って言った。

「うん、留守は任せて。出張がんばってね」
「ありがとう。でも最近物騒だから戸締まりはちゃんとするんだよ。それからインターホンが鳴っても絶対出ないこと。それから……」
「だ、大丈夫だよ。子供の留守番じゃあるまいし」

子供に留守を頼む母親のような口振りに僕は苦笑した。

「でもこの間、変なセールスマンに泣きつかれて追い返せないでいたし……」
「う……」

それを言われては何も言い返せない。
この間、セールスマンを玄関先まで上げてしまい、話を聞き込んでしまったのだ。
彼は病気の娘さんがいて高額な手術代が必要なこと、今月の売り上げが悪かったらクビになってしまうことなど、涙を流しながら切々と話した。
何かしてあげたい気持ちは山々だったが、彼の売る商品は高く、簡単に買ってあげられるようなものではなかった。
けれど、彼の事情を聞けば聞くほど無碍に追い返すのは申し訳ない気がして、どうすべきか思いあぐねていた。
そこに晴仁が帰って来て丁寧に断ると、セールスマンは暴言を吐き捨てて去って行った。
そこでようやく彼の話が嘘だということを知ったのだ。
晴仁が帰ってくるのがあと少し遅かったら、僕は商品を買っていたかもしれない。

「あのことは反省しているよ……。本当にもう絶対誰が来ても開けないから」
「はは、まぁでもそこがこーすけのいいところでもあるけどね」

しゅんと縮こまって反省すると、晴仁が笑って優しく肩を叩いた。

「でも本当に物騒だから誰彼構わず中に入れちゃいけないよ」
「大丈夫だよ。この間の一件で学習したしね」

もう同じ轍は踏まないぞ! 
胸をドンと叩いて大丈夫アピールをすると、晴仁は穏やかな笑みを深めた。

「それなら大丈夫そうだね。お土産は茶団子でよかったよね?」
「うん。あ、お金を渡してなかったね。ちょっと待ってて。お財布取ってくるから」
「あはは、いいよいいよ。お土産なのにこーすけがお金払ったらお土産じゃなくなるよ」

財布を取りに居間へ戻ろうとする僕の手を掴んで、晴仁は首を横に振った。

「でも何だか申し訳ないなぁ」
「気にしないで。留守を守ってくれるお礼だよ」

いや、むしろ僕が家にいさせてもらってるお礼をしなきゃいけないと思うのだけど……。
なかなか首を縦に振らないでいると、晴仁が僕の耳元に顔を寄せて言った。

「こーすけ明後日休みだったよね? それなら僕が帰って来た時にご飯作って出迎えてよ、ね?」

にっこりと微笑む晴仁に感心する。
晴仁は相手に気を遣わせない気遣いが上手だ。
僕なんかよりよっぽどホストに向いているのかもしれない。

「うん、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうよ。晴仁が好きなもの作って待ってるね」
「あはは、楽しみだなぁ。それを励みに出張がんばるよ。それじゃあいってきます」
「いってらっしゃい!」

手を振って見送った後、明後日は何の料理を作ろうかなと考えながら僕は夜の仕事のため眠りについた。
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