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第5章 35歳にして、愛について知る

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「んん……、うるせぇ……」

まだまどろみの絡んだ低い声で、眠りを妨げられて不機嫌なのが分かった。
蓮さんはゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。
そして自分を起こした僕らの姿を認めると、露骨に顔をしかめた。

「またテメェらかよ。人が寝てるのに大声だすんじゃねぇ」

舌打ちと共に寄越された地を這うような低い声に心臓が飛び跳ねた。

「は、はいっ、すみません!」
「えぇ~、なんでおれらが怒られなきゃいけないのぉ? ここは寝る場所じゃないじゃぁん。普通に考えてここで寝てるレンコンが悪くなぁい? 家に帰って寝なよぉ」

さ、さすが桜季さん……。
人を殺してしまいそうなほど鋭い目で睨む蓮さんに怯むことなく、唇を尖らせて反論する。
相変わらず怖いもの知らずだなぁと苦笑する。
桜季さんの言葉に、蓮さんはさらに眉根を寄せた。

「帰りたくても帰れないんだよ。こいつのせいで!」

蓮さんが僕をギロリと睨みつけた。
突然怒りの矛先が僕に一点集中になり、戸惑いを隠せなかった。

「ど、どういうことですか?」

彼が家に帰れないことと僕がどう関係するのか全く見当がつかなかった。

「どうもこうもねぇよ。……麻奈美が俺の家を捜し当てて待ち伏せしてるんだよ」
「え……!」

吐き捨てるようにして言った蓮さんの言葉に、ドクンと心臓が強く胸を打った。

「えぇ~、ほんとにぃ? うわぁストーカーじゃぁん」

怖いねぇ、とおよそ恐怖とはかけ離れたのんびりとした声で桜季さんが相槌を打った。

「なんでわざわざ家で待ち伏せするのかなぁ。店の前で待ってた方が確実にレンコンに会えるだろうにねぇ」
「数日前までは店の前で待ち伏せしてたらしいが、他のホストに見つけてすぐに追い返したらしい。それで家まで来たんだろう」

暗いため息を蓮さんが吐いた。
その表情は憔悴しきっていた。

「うわぁ、すごい執着だねぇ。警察にはもう連絡したの?」
「……警察を呼ぶほどじゃないだろう。相手は女で、俺は男だ。いざとなればどうとでもできる」
「なら今すればいいじゃん。こんなところでグズグズ寝たり、青りんごに八つ当たりするくらいならさぁ」
「……あ?」

蓮さんの低い声が発せられたと同時に、剣呑な空気が張りつめた。
ごくりと唾を飲み込む。
一触即発な空気に緊張する僕に反して、凶器のような鋭い視線に射刺されながら、桜季さんはなおにこにこと笑っている。
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