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第5章 35歳にして、愛について知る
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麻奈美さんの事件から一週間が経った。
入店禁止されたのだから当然と言えば当然だけれど、麻奈美さんの姿を見掛けることはなかった。
そのことに安心するよりも、彼女をあの日どうにか制止することはできなかったのかという後悔する気持ちの方が強かった。
今でも手首の傷が増えていっているのだろうかと思うと、胸が締め付けられる思いだった。
連絡先などを知らないのでその後の彼女の様子など知り得ないことだったのだけれど、この日、思わぬ形で今の彼女の様子を知ることとなった。
閉店後、いつものように桜季さんと明日の料理の下ごしらえをしてしまってから、スタッフルームに向かった。
すると、スタッフルームのソファに蓮さんが眠っていた。
すぅすぅと派手な容姿に似合わない可愛らしい寝息を立てている。
デジャブだ。
初対面の時も確かこんな構図だった。
そして寝惚けていた蓮さんが間違えて僕に……。
唇にリアルな感触が蘇り、慌てて僕は頭を振った。
この間の一件から蓮さんとは顔を合わせていないが、彼の怒りが収まっているとは到底思えない。
ここでまた起こしてしまったら、どうなることか……。
いっそこのまま静かにここを去ってしまいたかったけれど僕のロッカーは彼の寝ているソファの奥にある。
鞄にはお財布も入っているので置いて帰るわけにも行かず、僕は気配を殺して自分のロッカーに向かった。
忍者のようにロッカーに貼りついて横向きにゆっくり進んでいく。
途中、蓮さんが「ん……」と寝言を漏らした時は心臓が跳ね上がったけれど、何とか無事ロッカーの前まで辿り着いた。
細心の注意を払って狭いロッカーから鞄を取り出した、つもりだった。
しかし、鞄に突っ込んでいたペットボトルが、鞄を斜めにしたと同時につるりと鞄から飛び出てしまった。
あ、しまった……っ!
けれど、床に落下する寸前に、三十五歳渾身の反射神経をフルに使ってなんとかキャッチすることができた。
後ろを振り返る。
可愛らしい寝息は乱れることなく、規則的に続いていた。
僕はほっとして、ペットボトルを鞄に仕舞った。
さぁ、今度こそ帰ろう。
僕は再び抜き足差し足忍び足でドアに向かっていった。
あと少しでドアの前というところで、ドアががちゃりと開いた。
そして、
「青りんごー! キウイ残っていたんだけど食べなぁい?」
「うわぁぁっ! さ、桜季さんっ! シ、シーですよ!」
キウイを両手に持って部屋に入って来た桜季さんに慌てて人差指を口元に当て静かにするよう言ったが、時既に遅し……。
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