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第5章 35歳にして、愛について知る
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「うわぁ、頬殴られてるじゃないですか! あの女恐ろしいですね」
僕の頬を見て、右京君が痛ましげに眉根を寄せた。
どうやら麻奈美さんに殴られたと思っているようだ。
「ち、違うよ。えっとこれは……」
蓮さんに殴られた、とも言いにくくまごついていると、
「ラッキョウ来るの遅い~。今更来てももう騒ぎは落ち着いてるし~。もしかして怖くて今まで隠れてたんじゃないのぉ」
「そんなわけねぇだろう! キャッチに出てて今戻ってきて話を聞いたんだよ!」
ケラケラと笑って茶化す桜季さんに、右京君は目をつり上げて喰い掛かった。
話が少し逸れてほっとした。
もしかすると、言い淀んでいた僕を気遣って桜季さんがわざと話題を変えてくれたのかもしれない。
単に右京君をからかいたかっただけかもしれないけれど。
「でもこんな大騒ぎになるなら、俺がもっと注意しておけばよかったです。すみません」
急に頭を下げられて僕は戸惑った。
「え、なんで右京君が謝るの? 右京君は全然悪くないよ」
「いや、実は前に接客した時に、麻奈美さんの手首に包帯巻いているのを見たことあるんですよ。リスカしてるんだろうなって気づいたんですけど、まぁいろんなお客さんがいるし、あえて気づいてない振りしていたんです。でもこんな大きな騒ぎになるなら、彼女の精神的な不安定さにその時から気を付けていればよかったなって思って……」
「りすか……」
「……青葉さん、リストカットのことです。手首をカミソリとかで切る行為です」
「ああ!」
右京君の補足でやっとピンときた。
リストカット、という言葉は知っている。
前にテレビで最近若い女の子が自分の手首を傷つけることでストレスを発散しているという話を聞いたことがあった。
その時、手首の傷跡の映像を見たけれど、若い女の子の柔らかな肌には不釣り合いな重く暗い傷跡に衝撃を覚えた記憶がある。
その痛ましさに思わずテレビから視線を逸らしたほどだ。
そういえば、女性客につかみかかった麻奈美さんを引き離した時に、手首に包帯が巻かれていたことを思い出した。
彼女の腕にも、テレビで見たあの痛ましい傷跡が刻まれていたのかと思うと暗い気持ちになる。
「まぁ、でも出入り禁止になったんでしょぉ。よかったじゃん」
「ほんとよかったですよね」
二人はうんうんと頷いたけれど、僕は頷きかねた。
本当にこれでよかったのだろうか……。
本当にこれで解決なのだろうか……。
もやもやとした想いが胸の中に渦巻いていた。
「それじゃあ、俺はホールに戻りますね。青葉さん、今日のことは本当に気にしない方がいいですよ」
「あ、うん、ありがとう。……あ! 右京君、ちょっとお願いがあるんだけど」
「あ、いいですよ。何ですか?」
僕は手に持っていた保冷剤を右京君の前に差し出した。
「きっと事務所に蓮さんがいるからこれを渡してもらっていいかな?」
「別にいいですけど……」
右京君は少し不思議そうな顔をしながら保冷剤を受け取って、厨房を後にした。
「さてとぉ、おれも仕事に戻るねぇ。青りんごはその顔じゃホール出れないだろうし、今日は疲れただろうし家帰りなよぉ。店長に言えばすぐ帰らしてくれると思うよぉ」
「い、いえ! これだけご迷惑お掛けして自分だけ帰るわけにはいきません。今日は厨房でお仕事させてもらいますっ」
僕は慌てて立ち上がった。
そしてタオルを顎下に引っ掛けて、保冷剤が頬に当たるようにしながら頭の上でタオルの端をきつく結んだ。
よし! これなら両手も空くし、保冷剤も当てたままにできる!
最善の方法だと思ったのだが、桜季さんは僕の姿を見るなりブッと吹き出した。
「あははははっ! 青りんごめっちゃ可愛いぃ~! なんか虫歯の子どもみたい~!」
お腹を抱えてケラケラと笑う桜季さん。
厨房の洗面台の鏡で自分の姿を見たけれど、うん、確かにこれはかなり間抜けだ……。
しばらく桜季さんの笑い声が絶えることはなかった。
僕の頬を見て、右京君が痛ましげに眉根を寄せた。
どうやら麻奈美さんに殴られたと思っているようだ。
「ち、違うよ。えっとこれは……」
蓮さんに殴られた、とも言いにくくまごついていると、
「ラッキョウ来るの遅い~。今更来てももう騒ぎは落ち着いてるし~。もしかして怖くて今まで隠れてたんじゃないのぉ」
「そんなわけねぇだろう! キャッチに出てて今戻ってきて話を聞いたんだよ!」
ケラケラと笑って茶化す桜季さんに、右京君は目をつり上げて喰い掛かった。
話が少し逸れてほっとした。
もしかすると、言い淀んでいた僕を気遣って桜季さんがわざと話題を変えてくれたのかもしれない。
単に右京君をからかいたかっただけかもしれないけれど。
「でもこんな大騒ぎになるなら、俺がもっと注意しておけばよかったです。すみません」
急に頭を下げられて僕は戸惑った。
「え、なんで右京君が謝るの? 右京君は全然悪くないよ」
「いや、実は前に接客した時に、麻奈美さんの手首に包帯巻いているのを見たことあるんですよ。リスカしてるんだろうなって気づいたんですけど、まぁいろんなお客さんがいるし、あえて気づいてない振りしていたんです。でもこんな大きな騒ぎになるなら、彼女の精神的な不安定さにその時から気を付けていればよかったなって思って……」
「りすか……」
「……青葉さん、リストカットのことです。手首をカミソリとかで切る行為です」
「ああ!」
右京君の補足でやっとピンときた。
リストカット、という言葉は知っている。
前にテレビで最近若い女の子が自分の手首を傷つけることでストレスを発散しているという話を聞いたことがあった。
その時、手首の傷跡の映像を見たけれど、若い女の子の柔らかな肌には不釣り合いな重く暗い傷跡に衝撃を覚えた記憶がある。
その痛ましさに思わずテレビから視線を逸らしたほどだ。
そういえば、女性客につかみかかった麻奈美さんを引き離した時に、手首に包帯が巻かれていたことを思い出した。
彼女の腕にも、テレビで見たあの痛ましい傷跡が刻まれていたのかと思うと暗い気持ちになる。
「まぁ、でも出入り禁止になったんでしょぉ。よかったじゃん」
「ほんとよかったですよね」
二人はうんうんと頷いたけれど、僕は頷きかねた。
本当にこれでよかったのだろうか……。
本当にこれで解決なのだろうか……。
もやもやとした想いが胸の中に渦巻いていた。
「それじゃあ、俺はホールに戻りますね。青葉さん、今日のことは本当に気にしない方がいいですよ」
「あ、うん、ありがとう。……あ! 右京君、ちょっとお願いがあるんだけど」
「あ、いいですよ。何ですか?」
僕は手に持っていた保冷剤を右京君の前に差し出した。
「きっと事務所に蓮さんがいるからこれを渡してもらっていいかな?」
「別にいいですけど……」
右京君は少し不思議そうな顔をしながら保冷剤を受け取って、厨房を後にした。
「さてとぉ、おれも仕事に戻るねぇ。青りんごはその顔じゃホール出れないだろうし、今日は疲れただろうし家帰りなよぉ。店長に言えばすぐ帰らしてくれると思うよぉ」
「い、いえ! これだけご迷惑お掛けして自分だけ帰るわけにはいきません。今日は厨房でお仕事させてもらいますっ」
僕は慌てて立ち上がった。
そしてタオルを顎下に引っ掛けて、保冷剤が頬に当たるようにしながら頭の上でタオルの端をきつく結んだ。
よし! これなら両手も空くし、保冷剤も当てたままにできる!
最善の方法だと思ったのだが、桜季さんは僕の姿を見るなりブッと吹き出した。
「あははははっ! 青りんごめっちゃ可愛いぃ~! なんか虫歯の子どもみたい~!」
お腹を抱えてケラケラと笑う桜季さん。
厨房の洗面台の鏡で自分の姿を見たけれど、うん、確かにこれはかなり間抜けだ……。
しばらく桜季さんの笑い声が絶えることはなかった。
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