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第5章 35歳にして、愛について知る

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二人で乾杯をしてから、麻奈美さんとおいしいケーキ屋さんの話や最近話題の動物ものの映画の話をしていると、あっと言う間に時間が経ち、蓮さんが同伴の女性客を連れて店にやってきた。
その女性は蓮さんに豊満な胸を押しつけるように彼の腕に自分の腕を巻いていた。
胸の谷間が見えるきわどい服で、あんな風に胸を押しつけられたら僕だったらドキマギして足をもつれさせて転んでしまいそうだ。
でもさすがはナンバーワンホストと言うべきか、全く動じた様子はない。
僕には一生かけてもできないなぁと苦笑しながら麻奈美さんの方へ視線を戻したが、彼女の表情に苦笑など吹き飛んでしまった。
暗い表情の中、瞳だけは激しく燃え上がり、猛り狂うような何かが迸っていた。
彼女の全身を走る怒りの震えは、空気を伝って僕の皮膚までその余波を伝わせるほどだった。
いつもの彼女とは明らかに様子が違った。
僕は何とか彼女の意識を蓮さんたちから逸らそうと口を開きかけたが、それより早く彼女は立ち上がり席を立った。
彼女は激しさを伴った足取りで彼の元へ一直線に向かっておりそこに周りへの配慮というものはなかった。
一方、彼女を慌てて追いかける僕は、周りのお客様やホストたちに気をつけながら進むためなかなか彼女に追いつくことができなかった。

「待ちなさいよ!」

麻奈美さんはVIPルームに入ろうとする蓮さんの女性客の腕を掴んで無理矢理彼から引き離した。

「な、なにすんのよ!」

突然のことに驚く女性だったが、すぐに顔を紅潮させ麻奈美さんへ詰め寄った。
しかし麻奈美さんは引く気配はなかった。

「それはこっちの言葉よ! 私の蓮に何なれなれしくしてんの! しかもそんな胸の見える服まで着て蓮をたぶらかせて! この淫乱!」
「きゃあ!」

麻奈美さんは女性の髪を引っ張るとそのまま床へなぎ倒した。
唖然とする蓮さんと僕にも気を留めず、麻奈美さんは女性の上に乗ってさらに髪を引っ張った。

「あんたなんかタダの金づるなんだ! 調子のんな、この胸だけのブスッ! 蓮の特別は私だけなんだから……っ!」

興奮で荒れる呼吸と怒りをたぎらせた暴言を吐き出しながら、彼女は腕を振り上げた。
そこでようやく僕らは麻奈美さんの腕を掴み、何とか彼女の拳が女性へ直撃するのを防いだ。

「いや、離して、離してよっ!」
「落ち着け、麻奈美……っ」
「麻奈美さん、どうしたんですかっ?」
「この女が、この女が悪いのよ!」

なんとか女性客の上から彼女を引きはがしたが、それでも麻奈美さんは僕らの抑える力に逆らって女性客へ向かおうとした。
程なくして、菱田さんや他のホストの人たちが来て女性客を別室へ、そして麻奈美さんを裏の事務所へ連れていくことでその場は一応落ち着いた。
けれど、しばらくたっても、麻奈美さんの怒り狂う姿と、彼女を抑えた時に服の袖から覗く手首に巻かれた白い包帯が目に焼き付いて離れなかった。
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