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第5章 35歳にして、愛について知る
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「お疲れ様です。青葉さん、ちょっといいですか?」
厨房入り口に現れた菱田さんにほっと安堵のため息をこぼす。
よかった……っ!
右京君の言葉を借りれば、菱田さんこそ本当に天使だ。
「は、はい! なんなりと!」
「い、いえ、そんな畏まらないでください。もしオーナーに知れたら何をされるか……」
そう言って菱田さんはキョロキョロと心配そうに辺りを見回した。
前にテツ君の勘違いから詰め寄られたことがトラウマになっているようだ。
本当に申し訳ない……。
「……すみません。ところでどうかされたんですか」
「あ、実はまた蓮が同伴で少し遅くなるのでその間、この間みたいに麻奈美さんの相手をお願いしたいんですけどいいですか?」
「はい! もちろんです!」
僕は即答した。
この間の麻奈美さんとの時間は楽しかったし、彼女にはとても励まされた。
ぜひまたできれば一緒に話ができればと思っていたので嬉しい頼まれごとだ。
「よかった。実は麻奈美さん、青葉さんのこと気に入っていたらしくて、できればヘルプは青葉さんにって言っていたらしいんですよ」
「ほんとですか!」
初めての指名だ!
いや、本指名ではないけれど、それでも僕がいいと言ってもらえるのはやっぱり嬉しいことだ。
「それじゃあよろしお願いしますね」
「はい!」
初めてのヘルプ指名に心を躍らせながら厨房の方へ振り返ると、二人がじっとこちらを見ていた。
「え? 二人ともどうしたの?」
「いえ、ちょっと気になって……。麻奈美さんって蓮さんの客ですよね?」
「うん、そうだよ。右京君も麻奈美さんのこと知っているの?」
「ええ、まぁ……」
「そうなんだ! すごくいい子だよね!」
「まぁ、いい子ではありますけど……」
右京君の歯切れの悪い同調に首を傾げる。
麻奈美さんの人柄は、菱田さんや他のホストの人たちからも好評だったので右京君の賛同しかねるという風な歯切れの悪さが気になった。
「どうしたの? 麻奈美さんと何かあったの?」
「いえ、何かあったわけじゃないんですけど……」
「あ~、でも何となく分かるなぁ、らっきょうが言いたいことぉ」
言い淀む右京君に桜季さんが言葉を継いだ。
「どういうことですか?」
「んっとねぇ、おれは話したことないけどみんなの話を聞いている限りは確かにいい子そうではあるよぉ、うん。でもねぇ、なんか嘘くさいっていうかぁ、いい子すぎて逆に怪しいっていうかぁ。なんか闇がありそうなんだよねぇ」
「闇、ですか?」
僕は首を傾げた。
確かに寂しげな影は感じられたが、それは蓮さんを一途に想う故の儚げでいじらしいものであり、闇というような暗い印象は持たなかった。
「それそれ! 青葉さんみたいな完全にいい子とはなんか違うんですよね。何というか裏を感じるというか……」
「そうそう~。青りんごは天然いい子だけど、あの子はなんか違うんだよねぇ」
そう言いながら桜季さんが僕の頭を撫で回した。
まるで子供にするように撫でる桜季さんは、もしかすると僕の年齢をを忘れているのかもしれない……。
「いえ、僕はいい子ではないですし、そもそも三十五の男にいい子というのもどうかと……」
「えぇ~、青りんごはいくつになってもいい子だよぉ」
ふ、複雑……。
「あと、前にちらっと見えてしまったんですけど彼女の服の袖から……」
「おーい、右京。業者から酒届いたから仕舞うの手伝ってくれ」
右京君の言葉を遮るようにして先輩ホストの人が厨房の入り口で右京君を呼んだ。
「あ、はい、分かりました。今行きまーす!」
右京君は返事をすると、桜季さんに「青葉さんに絶対変なことしないでくださいよ」と釘を刺して厨房を後にした。
右京君の言いかけた言葉が気になったが、スッと背後に近寄ってきた桜季さんにそれどころではなくなった。
結局、右京君に続きを聞く暇なく麻奈美さんが店にやって来る時間になってしまった。
厨房入り口に現れた菱田さんにほっと安堵のため息をこぼす。
よかった……っ!
右京君の言葉を借りれば、菱田さんこそ本当に天使だ。
「は、はい! なんなりと!」
「い、いえ、そんな畏まらないでください。もしオーナーに知れたら何をされるか……」
そう言って菱田さんはキョロキョロと心配そうに辺りを見回した。
前にテツ君の勘違いから詰め寄られたことがトラウマになっているようだ。
本当に申し訳ない……。
「……すみません。ところでどうかされたんですか」
「あ、実はまた蓮が同伴で少し遅くなるのでその間、この間みたいに麻奈美さんの相手をお願いしたいんですけどいいですか?」
「はい! もちろんです!」
僕は即答した。
この間の麻奈美さんとの時間は楽しかったし、彼女にはとても励まされた。
ぜひまたできれば一緒に話ができればと思っていたので嬉しい頼まれごとだ。
「よかった。実は麻奈美さん、青葉さんのこと気に入っていたらしくて、できればヘルプは青葉さんにって言っていたらしいんですよ」
「ほんとですか!」
初めての指名だ!
いや、本指名ではないけれど、それでも僕がいいと言ってもらえるのはやっぱり嬉しいことだ。
「それじゃあよろしお願いしますね」
「はい!」
初めてのヘルプ指名に心を躍らせながら厨房の方へ振り返ると、二人がじっとこちらを見ていた。
「え? 二人ともどうしたの?」
「いえ、ちょっと気になって……。麻奈美さんって蓮さんの客ですよね?」
「うん、そうだよ。右京君も麻奈美さんのこと知っているの?」
「ええ、まぁ……」
「そうなんだ! すごくいい子だよね!」
「まぁ、いい子ではありますけど……」
右京君の歯切れの悪い同調に首を傾げる。
麻奈美さんの人柄は、菱田さんや他のホストの人たちからも好評だったので右京君の賛同しかねるという風な歯切れの悪さが気になった。
「どうしたの? 麻奈美さんと何かあったの?」
「いえ、何かあったわけじゃないんですけど……」
「あ~、でも何となく分かるなぁ、らっきょうが言いたいことぉ」
言い淀む右京君に桜季さんが言葉を継いだ。
「どういうことですか?」
「んっとねぇ、おれは話したことないけどみんなの話を聞いている限りは確かにいい子そうではあるよぉ、うん。でもねぇ、なんか嘘くさいっていうかぁ、いい子すぎて逆に怪しいっていうかぁ。なんか闇がありそうなんだよねぇ」
「闇、ですか?」
僕は首を傾げた。
確かに寂しげな影は感じられたが、それは蓮さんを一途に想う故の儚げでいじらしいものであり、闇というような暗い印象は持たなかった。
「それそれ! 青葉さんみたいな完全にいい子とはなんか違うんですよね。何というか裏を感じるというか……」
「そうそう~。青りんごは天然いい子だけど、あの子はなんか違うんだよねぇ」
そう言いながら桜季さんが僕の頭を撫で回した。
まるで子供にするように撫でる桜季さんは、もしかすると僕の年齢をを忘れているのかもしれない……。
「いえ、僕はいい子ではないですし、そもそも三十五の男にいい子というのもどうかと……」
「えぇ~、青りんごはいくつになってもいい子だよぉ」
ふ、複雑……。
「あと、前にちらっと見えてしまったんですけど彼女の服の袖から……」
「おーい、右京。業者から酒届いたから仕舞うの手伝ってくれ」
右京君の言葉を遮るようにして先輩ホストの人が厨房の入り口で右京君を呼んだ。
「あ、はい、分かりました。今行きまーす!」
右京君は返事をすると、桜季さんに「青葉さんに絶対変なことしないでくださいよ」と釘を刺して厨房を後にした。
右京君の言いかけた言葉が気になったが、スッと背後に近寄ってきた桜季さんにそれどころではなくなった。
結局、右京君に続きを聞く暇なく麻奈美さんが店にやって来る時間になってしまった。
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