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第5章 35歳にして、愛について知る
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「昨夜、都内のマンションにて、西野冴子さん(二十三歳)が同棲中の恋人、石田直人容疑者(二十七歳)に包丁で刺され死亡しました。石田容疑者は容疑を認めており、『彼女が別れ話を切り出したので、別れて他の男にとられるくらいなら、いっそ殺そうと思った』と供述しているとのことです。次のニュースです……――」
「物騒な世の中だね……」
夕食というには少し早い食事をとりながら、僕は女性アナウンサーが淡々と話すそのニュースの内容に溜息を吐いた。
「ほんと怖いね」
向かいに座る晴仁は、殺された女性を哀れむような顔で相づちを打った。
「確かに別れを切り出されるのは悲しいだろうけど殺さなくてもいいだろうに。それに殺したところで自分のものになるわけじゃないだろうに……」
僕はこの事件の容疑者の言葉が理解できなかった。
憎しみ故の殺人というのはまだ理解の範疇にあるけれど、愛しているのに殺人に至った彼の気持ちは理解に苦しむ。
確かに殺してしまえば、彼女はどこにも行けないだろうが、彼のもとに残るのは口を利かない死体と人を殺してしまったという大きな罪だけだ。
殺すなんて野蛮で短絡的な行為より、もっと有効なことがあったんじゃないだろうかと思えてならない。
まぁ、恋愛経験ほぼ皆無な僕が人様の恋愛事情に口出しする権限なんてないのだけれど……。
「そうだね、殺したってその人は自分のものにはならないよね。……でも自分のものにならないならいっそ、って思う気持ちは少し、ほんの少しだけど分かるな」
テーブルに肘を吐いて、ぼんやりとテレビ画面を見ながら言う晴仁に少し驚く。
しかし哀愁が漂うその視線に、僕は彼が恋人に振られ家を出て行かれた過去があることを思い出した。
僕が住み始める前に別れたと言っていたからもう数ヶ月は経っているはずだが、彼の心の傷を癒すにはまだ十分ではないのだろう。
無神経な話題を振った自分が恥ずかしい。
僕は箸をテーブルに置いて、手を膝の上にやり姿勢を正した。
「た、確かに、好きな人が自分のもとを去ってしまうのってすごく悲しいし、どうにかして引き留めたいという気持ちも分かるよ。でも、未来って自分の想像以上に未知だから、きっとその人以上に素敵な人って絶対いると思うんだ! だからそんな素敵な未来を自分の手で壊してしまうって絶対もったいないよ」
思わず声に力が入ってしまった。
晴仁は目を丸くして僕の方を見ていたが、僕の言葉が彼への励ましだと気づいたのだろう、優しく目元を緩ませた。
「ありがとう、こーすけ。……じゃあさ、次の素敵な人が現れるまで、こーすけがずっと傍にいてくれる?」
「うん、もちろんだよ! こんな僕でよければいつまでもいるよ!」
僕はドンと胸を叩いた。
完全無欠の晴仁だからすぐに素敵な恋人はできるだろう。
それまでの間、恋人の代わりなんて大それた役割はできないが、友達としてせめて少しでも寂しい気持ちにさせないよう傍にいることならできるはずだ。
「ふふ、ありがとう、こーすけ」
晴仁は一層笑みを深めた。
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