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第4章 35歳にして、初のホストクラブ!!
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「もしもし青葉幸助です。……あ、父さん。久しぶり。うん。元気にしているよ」
ごめん、と手を上げて幸助はベランダに出て行った。
幸助は家族と仲がいい。
血は繋がっていないが、義父や義兄、義弟からよく電話が掛って来る。
正直なところ、二人の時間を邪魔する電話は鬱陶しいことこの上ないが、まさか止めさせるわけにはいかない。
晴仁は溜め息を吐きながら、タッパーの蓋を開けた。
その中身を見て晴仁は目を見開いた。
赤りんごで作られたりんごウサギで埋め尽くされる中、ひとつ、いや一組の異様なりんごウサギが視線を奪った。
その二匹は重なり合った状態で竹串で串刺しにされていた。
上のりんごウサギは耳の部分にピアスがつけられており、下のウサギは他のものとは違い唯一皮が青い。
ピアス。
青りんご。
そして交尾のように重なるうさぎリンゴ……――。
片手でりんごを握りつぶすことを特技として鼻高々と披露する人間がいるが、案外難しいことではないのかもしれない。
そんなことを拳から、ぼた、ぼた、とシンクヘ零れ落ちるりんごウサギの甘酸っぱい血肉を見下ろしながら考える。
拳を開けば原型を留めていないりんごウサギの無残な死骸。
その残骸の中に、形を崩すことなく、りんごウサギの透明な血を受けてピアスが艶やかに光っている。
脆く崩れたりんごの中に残るそれから、りんごウサギは潰せても、自分はそう簡単に消えてやらないぞと嘲笑うような嫌味を感じた。
自分は昔から何事にも動じないし、また感情の揺れがあったとしても貼り付けた笑顔で周りに悟らせないポーカーフェイスを自負していた。
こんな幼稚で悪趣味な挑発に動じるなんて、それこそ相手の思うつぼだ。
けれど、腹の底からどろりと湧き上がる言い様のない怒りを抑えることはできなかった。
鉄壁のポーカーフェイスは、その怒りの熱でぐちゃぐちゃに融かされていた。
忌々しいりんごウサギの残骸とそのピアスを三角コーナーに洗い流し、テーブルに戻った。
赤りんごの中、青いりんごウサギが心細そうに埋もれている。
高校入学時、周囲に馴染めずきょろきょろとしていた幸助を思い出す。
臆病で不憫で、そして嗜虐心を煽るあの姿が青いりんごウサギに重なった。
過去の彼を撫でてあげるように、そっと指先でりんごウサギの耳の輪郭をなぞる。
そして殊更優しい手つきで、その青りんごをりんごウサギがひしめく中からすくい上げた。
青りんごウサギと顔が向き合う。
表情はないのに、なぜか怯えるように視線を逸らした様に見えた。
怖くないよと泣く子をなだめるように優しく、胡散臭く、その顔を舐める。
そして次の瞬間には舌の上へ。
じゃりじゃりと噛み砕くごとに、りんごウサギの強張った固い体は崩れていき、口内の熱におかされていく。
爽やかな果汁は唾液と混じって濁っていく。
穢れの手順を丁寧に踏んで、口から喉を通り過ぎれば、胃袋の中。
もう逃げようはない。
あとは自分の一部になるだけ。
甘い果汁で濡れた唇を舐めて、口の端に高揚を滲ませた。
晴仁は再びシンクヘ向かい、三角コーナーからピアスを取った。
生ゴミで輝きが鈍くなったその様に、胃の底を焦がしていた苛立ちが少し落ち着く。
そのままでは汚ないので水で軽く洗ってズボンのポケットに入れた。
――借りはきっちり返す主義だからね。
「ごめんごめん、話が長くなっちゃって」
謝りながら戻ってきた幸助にいつも通りの温和な笑みを浮かべた。
「いいよいいよ。せっかくご家族が電話してくれたんだから、ゆっくり話さないと」
嘘というには意味も自覚も含まない軽くうすっぺらな言葉を並べる。
自分は嘘つきには程遠い。
「でも待ちきれなくてりんごを先に一個いただいちゃった。ごめんね」
「全然かまわないよ。どうおいしかった?」
にこにこと少年のように健やかで穢れのない笑みで訊かれる。
舌の上で卑猥に崩れていくりんごウサギの感触を思い出しながら答えた。
「うん、すっごく。甘くておいしかった」
胃の底に甘い熱が滲んだ。
ごめん、と手を上げて幸助はベランダに出て行った。
幸助は家族と仲がいい。
血は繋がっていないが、義父や義兄、義弟からよく電話が掛って来る。
正直なところ、二人の時間を邪魔する電話は鬱陶しいことこの上ないが、まさか止めさせるわけにはいかない。
晴仁は溜め息を吐きながら、タッパーの蓋を開けた。
その中身を見て晴仁は目を見開いた。
赤りんごで作られたりんごウサギで埋め尽くされる中、ひとつ、いや一組の異様なりんごウサギが視線を奪った。
その二匹は重なり合った状態で竹串で串刺しにされていた。
上のりんごウサギは耳の部分にピアスがつけられており、下のウサギは他のものとは違い唯一皮が青い。
ピアス。
青りんご。
そして交尾のように重なるうさぎリンゴ……――。
片手でりんごを握りつぶすことを特技として鼻高々と披露する人間がいるが、案外難しいことではないのかもしれない。
そんなことを拳から、ぼた、ぼた、とシンクヘ零れ落ちるりんごウサギの甘酸っぱい血肉を見下ろしながら考える。
拳を開けば原型を留めていないりんごウサギの無残な死骸。
その残骸の中に、形を崩すことなく、りんごウサギの透明な血を受けてピアスが艶やかに光っている。
脆く崩れたりんごの中に残るそれから、りんごウサギは潰せても、自分はそう簡単に消えてやらないぞと嘲笑うような嫌味を感じた。
自分は昔から何事にも動じないし、また感情の揺れがあったとしても貼り付けた笑顔で周りに悟らせないポーカーフェイスを自負していた。
こんな幼稚で悪趣味な挑発に動じるなんて、それこそ相手の思うつぼだ。
けれど、腹の底からどろりと湧き上がる言い様のない怒りを抑えることはできなかった。
鉄壁のポーカーフェイスは、その怒りの熱でぐちゃぐちゃに融かされていた。
忌々しいりんごウサギの残骸とそのピアスを三角コーナーに洗い流し、テーブルに戻った。
赤りんごの中、青いりんごウサギが心細そうに埋もれている。
高校入学時、周囲に馴染めずきょろきょろとしていた幸助を思い出す。
臆病で不憫で、そして嗜虐心を煽るあの姿が青いりんごウサギに重なった。
過去の彼を撫でてあげるように、そっと指先でりんごウサギの耳の輪郭をなぞる。
そして殊更優しい手つきで、その青りんごをりんごウサギがひしめく中からすくい上げた。
青りんごウサギと顔が向き合う。
表情はないのに、なぜか怯えるように視線を逸らした様に見えた。
怖くないよと泣く子をなだめるように優しく、胡散臭く、その顔を舐める。
そして次の瞬間には舌の上へ。
じゃりじゃりと噛み砕くごとに、りんごウサギの強張った固い体は崩れていき、口内の熱におかされていく。
爽やかな果汁は唾液と混じって濁っていく。
穢れの手順を丁寧に踏んで、口から喉を通り過ぎれば、胃袋の中。
もう逃げようはない。
あとは自分の一部になるだけ。
甘い果汁で濡れた唇を舐めて、口の端に高揚を滲ませた。
晴仁は再びシンクヘ向かい、三角コーナーからピアスを取った。
生ゴミで輝きが鈍くなったその様に、胃の底を焦がしていた苛立ちが少し落ち着く。
そのままでは汚ないので水で軽く洗ってズボンのポケットに入れた。
――借りはきっちり返す主義だからね。
「ごめんごめん、話が長くなっちゃって」
謝りながら戻ってきた幸助にいつも通りの温和な笑みを浮かべた。
「いいよいいよ。せっかくご家族が電話してくれたんだから、ゆっくり話さないと」
嘘というには意味も自覚も含まない軽くうすっぺらな言葉を並べる。
自分は嘘つきには程遠い。
「でも待ちきれなくてりんごを先に一個いただいちゃった。ごめんね」
「全然かまわないよ。どうおいしかった?」
にこにこと少年のように健やかで穢れのない笑みで訊かれる。
舌の上で卑猥に崩れていくりんごウサギの感触を思い出しながら答えた。
「うん、すっごく。甘くておいしかった」
胃の底に甘い熱が滲んだ。
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