54 / 228
第4章 35歳にして、初のホストクラブ!!
31
しおりを挟む
真偽を見定める鋭い視線が、僕の瞳を覗き込む。
嘘なんて簡単に見破ってしまいそうなその視線に内心たじろいだ。
動揺を気取られないよう平常を装いながら、僕は言葉を慎重に選びながら答えた。
「実は、僕がボトルを落として、お客さんを怒らせちゃって……」
頭を掻きながら、苦笑を滲ませて話す。
嘘じゃない。
だから彼の鋭さも欺けると思っていた。
桜季さんは僕の答えにゆっくりと頷いた。
「ふぅん、そうなんだぁ。大変だったねぇ。……でも、それだけじゃないでしょぉ?」
確信を持った視線を寄越されて、どきっとする。
その動揺に答えを得た桜季さんは溜め息を吐いて言った。
「まぁ、言いたくなければ言わなくてもいいけどねぇ。でもそのかわりキスさせてもらうけどぉ」
「……え?」
僕が驚きの声を上げるより早く、桜季さんは鼻先まで顔を近づけて来た。
「え? え? ええ!? な、なんで、キスする流れになるんですか!?」
「んー? だってキスしたら風邪がうつるくらいなんだから、きっとその人の悩み事とかも少しはうつるはずだよぉ」
「な、なんですか、その乱暴な理論は!」
ぐぐっと胸元を両手で押して、迫り来る唇を遠ざけようとするが、若さと体格の差なのか、桜季さんの方が力が強かった。
唇が触れる寸前で、僕は口を開いた。
「っ! い、言われたんです! ホスト向いてないから辞めた方がいいって」
大声を出し過ぎたのか、桜季さんが目を瞬かせた。
そしてさっきまで迫ってきていたのが嘘のように、僕から離れて椅子に座り直した。
「ふぅん、それってレンコンからぁ?」
「あ、はい……。で、でも、本当のことですから。僕もずっと思っていたことでしたし」
告げ口をしているようで申し訳なく思い、蓮さんの言っていることは正しいことを言い加えた。
すると桜季さんは脚を組んだ上に肘を吐いてふぅと溜め息を吐いた。
そして、
「で? それでぇ?」
「え?」
「青りんごはレンコンにそう言われて、ホスト辞めようと思っているのぉ?」
そこで僕は、蓮さんの言葉にあんなにも傷つき動揺しながら、ホストを辞めるかどうかについては全く考えていないことに気付いた。
確かにホストに向いていない、辞めた方がいいという言葉は心を抉った。
けれど、今僕を苦しませているのはそんな直接的で表面的な言葉ではないような気がした。
膝の上でぎゅっと拳を握って僕は口を開いた。
「実は、あの辞めるとか続けるとかそこまでまだ考えられてなくて……」
心の底に淀む闇に手を入れ核心を探るようにしてゆっくり、ゆっくり言葉にしていく。
自分にもこの先どんな言葉が口から出てくるか分からなかった。
「あの、僕、昔から要領悪くて、人より頑張らないと人並みというものができなくて。今までも頑張ってきたつもりだったけど、いつもだめで、結局仕事は辞めさせられたし……」
喉の奥がひしゃげそうなほどの苦い記憶が言葉を詰まらせた。
いつもそうだった。
自分では頑張っているつもりでもまるで空回りで、いい結果に繋がった記憶があまりない。
せめて無難に、人並みにこなさればいいのにそれさえもできない。
「ここでも自分なりにできることは頑張っているつもりだったんです。でもどんなに頑張っても足手まといにしかなっていないみたいで、そのことを蓮さんに言われて何も言い返せない自分が情けなくて、恥ずかしくて……」
圧倒的正論に何も言い返せず立ち尽くす自分を思い出して、言いながら嗚咽が零れた。
それは恥ずかしさや情けなさに拍車を掛けることに他ならなかったけれど、それでも涙は止まらなかった。
惨めな嗚咽ばかりが零れる口に、ふいに、硬く冷たいものが触れた。
それはウサギりんごの口先だった。
嘘なんて簡単に見破ってしまいそうなその視線に内心たじろいだ。
動揺を気取られないよう平常を装いながら、僕は言葉を慎重に選びながら答えた。
「実は、僕がボトルを落として、お客さんを怒らせちゃって……」
頭を掻きながら、苦笑を滲ませて話す。
嘘じゃない。
だから彼の鋭さも欺けると思っていた。
桜季さんは僕の答えにゆっくりと頷いた。
「ふぅん、そうなんだぁ。大変だったねぇ。……でも、それだけじゃないでしょぉ?」
確信を持った視線を寄越されて、どきっとする。
その動揺に答えを得た桜季さんは溜め息を吐いて言った。
「まぁ、言いたくなければ言わなくてもいいけどねぇ。でもそのかわりキスさせてもらうけどぉ」
「……え?」
僕が驚きの声を上げるより早く、桜季さんは鼻先まで顔を近づけて来た。
「え? え? ええ!? な、なんで、キスする流れになるんですか!?」
「んー? だってキスしたら風邪がうつるくらいなんだから、きっとその人の悩み事とかも少しはうつるはずだよぉ」
「な、なんですか、その乱暴な理論は!」
ぐぐっと胸元を両手で押して、迫り来る唇を遠ざけようとするが、若さと体格の差なのか、桜季さんの方が力が強かった。
唇が触れる寸前で、僕は口を開いた。
「っ! い、言われたんです! ホスト向いてないから辞めた方がいいって」
大声を出し過ぎたのか、桜季さんが目を瞬かせた。
そしてさっきまで迫ってきていたのが嘘のように、僕から離れて椅子に座り直した。
「ふぅん、それってレンコンからぁ?」
「あ、はい……。で、でも、本当のことですから。僕もずっと思っていたことでしたし」
告げ口をしているようで申し訳なく思い、蓮さんの言っていることは正しいことを言い加えた。
すると桜季さんは脚を組んだ上に肘を吐いてふぅと溜め息を吐いた。
そして、
「で? それでぇ?」
「え?」
「青りんごはレンコンにそう言われて、ホスト辞めようと思っているのぉ?」
そこで僕は、蓮さんの言葉にあんなにも傷つき動揺しながら、ホストを辞めるかどうかについては全く考えていないことに気付いた。
確かにホストに向いていない、辞めた方がいいという言葉は心を抉った。
けれど、今僕を苦しませているのはそんな直接的で表面的な言葉ではないような気がした。
膝の上でぎゅっと拳を握って僕は口を開いた。
「実は、あの辞めるとか続けるとかそこまでまだ考えられてなくて……」
心の底に淀む闇に手を入れ核心を探るようにしてゆっくり、ゆっくり言葉にしていく。
自分にもこの先どんな言葉が口から出てくるか分からなかった。
「あの、僕、昔から要領悪くて、人より頑張らないと人並みというものができなくて。今までも頑張ってきたつもりだったけど、いつもだめで、結局仕事は辞めさせられたし……」
喉の奥がひしゃげそうなほどの苦い記憶が言葉を詰まらせた。
いつもそうだった。
自分では頑張っているつもりでもまるで空回りで、いい結果に繋がった記憶があまりない。
せめて無難に、人並みにこなさればいいのにそれさえもできない。
「ここでも自分なりにできることは頑張っているつもりだったんです。でもどんなに頑張っても足手まといにしかなっていないみたいで、そのことを蓮さんに言われて何も言い返せない自分が情けなくて、恥ずかしくて……」
圧倒的正論に何も言い返せず立ち尽くす自分を思い出して、言いながら嗚咽が零れた。
それは恥ずかしさや情けなさに拍車を掛けることに他ならなかったけれど、それでも涙は止まらなかった。
惨めな嗚咽ばかりが零れる口に、ふいに、硬く冷たいものが触れた。
それはウサギりんごの口先だった。
10
お気に入りに追加
722
あなたにおすすめの小説
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
【完結・短編】game
七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。
美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人
<あらすじ>
社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
コパスな殺人鬼の兄に転生したのでどうにか生き延びたい
ベポ田
BL
高倉陽介
前世見ていた「降霊ゲーム」の世界に転生した(享年25歳)、元会社員。弟が作中の黒幕殺人鬼で日々胃痛に悩まされている。
高倉明希
「降霊ゲーム」の黒幕殺人鬼となる予定の男。頭脳明晰、容姿端麗、篤実温厚の三拍子揃った優等生と評価されるが、実態は共感性に欠けたサイコパス野郎。
【R18】平凡な男子が女好きのモテ男に告白したら…
ぽぽ
BL
"気持ち悪いから近づかないでください"
好きな相手からそんなことを言われた
あんなに嫌われていたはずなのに…
平凡大学生の千秋先輩が非凡なイケメン大学生臣と恋する話
美形×平凡の2人の日常です。
※R18場面がある場合は※つけます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる