35歳からの楽しいホストクラブ

綺沙きさき(きさきさき)

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第4章 35歳にして、初のホストクラブ!!

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気づくと晴仁のマンションの前に帰りついていた。
蓮さんたちが店を出た後、僕はかろうじて仕事に支障の出ない程度には動けていたが、意識はどこかに飛んでいた。
だからいつの間にか帰路に立っていたことに少し驚いた。

一秒でも早く何も考えないでいられる眠りの世界に逃げたかった。
僕はお風呂から上がると、すぐにベッドの中に潜り込んだ。

「……こーすけ?」

ぐっすり眠っていた晴仁が、喉の奥のまどろみを絡ませた声で僕を呼んだ。
彼を起こさないよう注意していたつもりだったが、早く眠りの世界に逃げたいという急く気持ちが動きににじみ出ていたのかもしれない。
僕は慌てて謝った。

「あ、ごめん、起こしちゃったね。ただいま」
「いいよ、気にしないで。おかえり」

暗闇の中でも彼が微笑んでいるのが分かる優しい声だった。
それは思わず泣きつきたくなるほどだったが、三十五のいい歳した男がそんなことをするわけにいかず、人の優しさに飛びつこうとする自分の甘さをぐっと抑え込んで笑い返した。

「明日も仕事なのに、中途半端な時間に起こしてごめん。一緒に早く寝よう」

気遣い半分と、自分の情けない心情を知られたくない気持ち半分で、僕は話を打ち切るように眠りを促した。
けれど聡い彼は上辺の気遣いなど見透かしていた。

「どうしたの? なんだか元気がないようだけど」

言葉の向こうを見ようと目を凝らすように、眉根を寄せる気配が感じられた。
心の端をかすめたその言葉にどきっとしつつ、平静を装って答える。

「別に大したことないよ。ちょっと仕事中にヘマをしてしまって」

語尾に、ははは、と軽い笑いをつけておどける。
本当に大したことないんだと、晴仁に、そして自分自身に言い聞かせるようにして。
僕の情けないおどけた笑いが、部屋の隅に消えたと同時に、晴仁が僕をぎゅっと抱きしめた。
突然のことに目を瞬かせていると、

「……何があったかは僕には分からないけど、そんなに頑張らなくていいんだよ」

晴仁の言葉に目を見開く。
暗闇の中見えない彼の目を見上げると、微笑の気配が視界に漂った。

「こーすけは頑張り屋さんだから、時々すごく心配だ。辛いことがあったら、頑張ってまでそれに対峙する必要はないよ。戦わないことだって時には必要だ」

彼の声は、張りつめた僕の心をとかすのに十分すぎるほど、甘く優しかった。

「だから仕事が辛かったらいつでも辞めていいんだよ。大丈夫、僕が側にいるから」

耳元で晴仁がそっと囁きながら、僕の背中を子供をあやすような柔らかさでさする。
僕の不安や悲しみ、だめな所、余すことなく全てを包み込もうとするような慈愛に満ちた抱擁に、思わず身も心も委ねそうになった。
しかし僕はその寸前で、心の中で首を振って甘い考えを振り払った。
――頑張らなくていい。
それは無理な話だ。
頑張ったって人並みに届くか届かないかの僕が、頑張らなかったらどうなるのだろう。
考えるだけで恐ろしい。
晴仁の優しさは嬉しかった。
けれど全てにおいて秀でている彼には、きっと頑張らないことの恐ろしさは分からないだろう。
彼の優しさは完全無欠だ。
だからこそ、僕の辛さをあと少し包みきれない。
彼の優しさの抱擁からはみ出た部分が、よけいに胸を苦しませた。

「ありがとう、晴仁」

おやすみなさいも言わず僕は目を閉じた。
彼の言う通り、戦わないことも時に必要なら、眠りの世界に逃げ込むことも許されるだろう。
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