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第4章 35歳にして、初のホストクラブ!!

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意外にも、桜季さんは丁寧で優しかった。
聞き慣れない調理の専門用語で指示され「え? え?」とまごつき聞き返す僕に、苛立ちを見せたりせず、その都度説明してくれた。
また、桜季さんの貸してくれたエプロンはもやし体型の僕には大きく、ズボンの裾と上の袖を折り曲げていたのだが、動いている内に裾が元の長さに戻っており、それを自分で踏んで盛大に転ぶという、大間抜けな失態を修羅場に近い忙しさの時に見せたのだが、スッと手を貸して起き上がらせてくれた。
奇抜な見た目と言動に反して、彼はとても優しい人であるようだ。

厨房の向こう側、ホストの仕事場であるメインルームに、人の気配が集まり始めた。
桜季さんに訊くと、仕事前のミーティングが行われているとのことだった。
新人なのだから挨拶に行った方がいいかと思ったが、ちょうど調理が忙しい時でもあり、桜季さんからも「厨房の人間だから挨拶は仕事終わりのミーティングでいいよぉ」と言われたため、メインルームには顔を出さなかった。
人見知りの上、緊張しやすいので、挨拶が少し先延ばしになったことに少しほっとした。

しばらくすると、女性の華やかな声が加わり、メインルームは賑わいで溢れ返っていた。
厨房の奥にいるため、メインルームの様子は見えないが、こちらまで聞こえてくる楽しげな声や、ひっきりなしにやって来る料理の注文から、客が決して少なくないことが窺える。

ちょうど食事の出入りが少し落ち着き、桜季さんがトイレに出た時、

「あ~、疲れた~。青葉さーん、お冷一杯くださーい」

ふらふらとした足取りで右京君が厨房に入って来た。

「あ、はい、どうぞ」
「ありがとう、青葉さん」

右京君はお冷を受け取ると、調理台に浅く腰を掛けてそれを一気に飲み干した。

「だ、大丈夫? 随分、酔っているみたいだけど……」

少し近付いただけでお酒の匂いが鼻先をかすめる。
顔も薄っすら赤く、少し呂律も鈍くなっている気がした。
しかし、右京君はゆるっと笑って手を振った。

「大丈夫ですよ~。というか、こんなのまだ序の口、序の口。これからもっと飲まないといけないし。これが俺の仕事ですからね」

こちらを心配させまいと笑ってくれているのだろうが、やっぱり心配だ。
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