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第3章 35歳にして、感動の再会

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運命、というものは本当に存在するのかもしれない。

七橋哲哉は、ここ最近、柄にもなくわりと本気でそう思うようになっていた。

「オーナー、にやけてどうしたんですか?」

訝しげに菱田望(ひしだ のぞむ)が訊いてきた。
ここは、七橋の経営するホストクラブのひとつのパラディゾ、そのVIPルームである。
黒を基調としたそこは、通常ルームと違って個室になっており、ソファやテーブル、照明器具などの調度品も質のいいものを取り揃えている。
開店前のそこで、パラディゾの店長である菱田と月に一・二回、会議をするのが定例であり、今はその真っ最中であった。

「いや、実は初恋の人に再会してな」

ほくほくとした気持ちを抑えきれずに零すと、菱田が片眉を上げた。

「へぇ、オーナーにも初恋の人と会って喜ぶという純情な感情があったんですね」
「おい、それはどういう意味だ」
「言葉通りです」

失礼な、と思う反面、自分でもこんな気持ちがまだ残っていたことに驚いているのも確かだ。

「同窓会でもあったんですか?」
「いや、道で偶然会った。エセ占い師に引っかかっているのを助けた」
「それはすごいですね。偶然会うってだけでもすごいのに、助けたとまでなると、何か運命的ですね」

菱田は茶化すように言ったが、七橋は運命という言葉に身を乗り出した。

「やっぱりそう思うか? そうだよな、やっぱりそう思うよな」
「なんでそんなに食いつくんですか」

若干引き気味の菱田だったが、七橋は気にせず、やっぱりそうだよな、と口の端を緩めながらソファに座り直した。

「それより、本当にこの人、雇うんですか?」

ばさっ、とテーブルに放り投げるようにして菱田が履歴書を置く。
履歴書には青葉幸助の文字。
雑な扱いに、七橋は眉をしかめた。

「おい、何だその置き方は。もっと丁寧に扱え」

”ホスト界のヤクザ”の異名を持つ七橋に睨まれ、菱田は慌てて履歴書を整えた。

「でも、何でこの人を雇おうなんて思ったんですか? 顔がいいわけでもないし、おっさんだし……」

再び七橋が睨むと、菱田は誤魔化すように咳払いをした。

「いや、数字が全てが口癖のオーナーが雇うというくらいだから相当に有能な方なんだろうなと思いまして。トークがずば抜けて上手いとか」
「いや、よく緊張してどもるし、特に女の前だとそれが重症化する。お世辞は下手ですぐ顔に出る」
「本当になぜ雇う気になったんですか?」

今度は臆する様子なく真顔で訊く菱田に、苦笑する。

「お前の気持ちも分かる。だけどな、俺の恩人みたいな人なんだよ。そんな人が困ってたら助けるのが人情じゃねぇか」
「ホスト現役時代にえげつないくらい女から金を巻き上げてきた男の口からまさか人情なんて言葉が出るなんて……!」

信じられない、と驚愕の表情を見せる菱田に、七橋は唇を尖らせた。

「それは昔の話だろう。俺だって人並みに情くらいある」
「でも店の経営は情じゃまわせませんよ」
「その辺は大丈夫だ。幸助さんには情はあっても他の従業員に情はない。プラマイゼロだ」
「いや、できればその情を俺らにもまわしてください」

切実な様子で言う菱田の姿に、妙案が浮かんだ。

「幸助さんがここで働き出した時のお前等のメリットを教えてやろうか」

七橋が口端を吊り上げると、胡乱な表情ではあったが菱田が耳を傾けた。

「俺は絶対この店で怒鳴らない」
「明日からでも来てもらいましょう!」

かくして、幸助の就職は決まった。
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