35歳からの楽しいホストクラブ

綺沙きさき(きさきさき)

文字の大きさ
上 下
19 / 228
第3章 35歳にして、感動の再会

10

しおりを挟む
「え?」
「いや、ずっとここに住まわせてもらうのは申し訳ないなと思って。そしたら、テツ君が会社の寮があるからよかったらどうぞって言ってくれたから、そこに住もうかな、と思って」

あの日、テツ君が気を遣って寮の話を提案してくれたのだ。
アパートを借りるより経済的だし、全く不慣れの業界に身を投じるのだ、生活の場からも何か学べるかもしれないと思った僕は、その提案にのらせてもらうことにした。
晴仁のことだから、僕がこの家を出ると言えばきっと、儀礼的なものでなく、本当の優しさから引き留めてくれるだろう。
しかし、親友とはいえ、彼にも生活がある。人生がある。
彼の優しさに甘えて、いつまでも居座るわけにはいかない。
だから、彼が引き留める場合は、ちゃんと断らなければ、と固く決心していたのだが、晴仁は膝に視線を落として何も言わない。
沈黙が次第に重くなっていく。
どうしたのだろう、と心配になって顔をのぞき込もうとした時、

「僕といるのってやっぱり息苦しいかな」

ぽつり、と彼の口から弱々しい言葉がこぼれた。
気づくと、彼の膝の上に涙の染みがひとつできていた。
僕はそれらに驚いて言葉を返せずにいると、晴仁が顔を上げた。
頬には涙が伝っていた。

「僕といるのって息苦しい?」
「まさか! そんなことないよ! むしろすごく安心して落ち着くよ」

一体どのくらい彼の穏やかな笑顔に救われてきただろうか。
数え切れないほどだ。
履歴書などの書類をなくしたり、面接を受けずして落とされたり、散々な就職活動っぷりを目にしながら、気長に応援してくれた彼にはお礼の言いようがない。
この生活に、感謝の気持ちはあれど、息苦しいなどという言葉がなぜ出てこようか。
僕の疑問に答えるように、晴仁が話し始めた。

「前、同棲していた彼女が、出て行く時に言ったんだ。あなたと生活すると息苦しいって」

僕は自分の耳を疑った。
この温厚の極みである晴仁といて息苦しいだって?
そんな女性は、物言わぬ植物でも一緒に暮らすことさえ難しいのではないだろうか。

「だから、こーすけもきっと俺との息苦しくなったんじゃないかと思って」
「そんなことないよ! むしろ、晴仁がいてくれてすごく安心した。就職先が決まらなくて何度も落ち込んだけど、晴仁がいてくれたから、がんばろうって思えたんだよ!」

辛い時、人はやっぱりひとりじゃだめだと痛感したものだ。
誰かが側にいてくれると、不思議と明るい気持ち湧き上がってくる。
どんなに落ち込んでも、それを支えにもう一度立ち上がれた。

「本当に? 僕といて嫌じゃない?」

不安げな視線を送って聞き返す晴仁に力強く頷いた。

「当たり前だよ。全然嫌じゃない。一緒にいてすごく楽しい」
「本当?」
「うん、本当だよ」
「じゃあ一緒にこれからも住んでくれる?」
「うん、もちろん!」

あ、と思った時にはもう遅かった。
すっかり不安を散らした笑顔で晴仁が勢いよく抱きついてきた。

「よかった! こーすけに嫌われてなかったって分かってすごく安心した」

安堵のため息を吐きながら、背中にぎゅっと手を回す晴仁。
この流れで「いや、でも迷惑になるし、僕も自立しないといけないから」と言える雰囲気ではなかった。

でも、ま、いいか。
本当は僕もこの生活を終わらせるのは寂しかったのだ。
だから、もう少しだけ、せめて僕がアパートを借りて暮らせるくらいお金が貯まるまでは、お言葉に甘えさせてもらおう。

「ずっと、ずっとここにいてね」

晴仁が囁くようにして言った。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け 《あらすじ》 高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。 桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。 蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

平凡くんと【特別】だらけの王道学園

蜂蜜
BL
自分以外の家族全員が美形という家庭に生まれ育った平凡顔な主人公(ぼっち拗らせて表情筋死んでる)が【自分】を見てくれる人を求めて家族から逃げた先の男子校(全寮制)での話。 王道の転校生や生徒会、風紀委員、不良に振り回されながら愛されていきます。 ※今のところは主人公総受予定。

処理中です...