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第3章 35歳にして、感動の再会

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病人の様に血の気を失った彼の顔に驚きの声を上げた。
グラスを持っていた彼の手が、細かく震えている。
な、何かの発作!?

「お、お客様、大丈夫ですか!」

グラスの割れる音に駆け寄ってきた店員さんも驚きの表情を浮かべた。

「だ、大丈夫です。それよりすみませんが、こちらの片づけをお願いします。それと、新しいグラスを」
「あ、はい」

店員さんは言われた通り、素早く片付けを終わらせ新しいグラスを持って来ると、すぐに立ち去ったが、こちらが気になるようでちらちらと見遣ってくる。
他のお客さんも同様だ。
これだけ騒ぎを連続して起こしているのだ。
当たり前と言えば当たり前なのだが、好奇の視線を寄せられるのはやはり居心地が悪い。

「すみません、取り乱してしまって」

仕切り直すように、テツ君は居住まいを正した。

「僕は別にいいんだけど、本当に大丈夫? 何かの病気とかじゃないの?」
「いえ、全然そういうのじゃないんですけど、何というかトラウマが発動したというか……」

言いながらテツ君は体をぶるりと震わせた。

「それより幸助さん」

さっきまでの病人のような顔から一変して、彼の顔がキッと引き締まった。
その真剣な表情につられ、思わず僕も背筋を伸ばした。

「あ、は、はい、なんでしょう」
「あの魔王と同棲しているというのは本当なんですか?」
「……え?」

魔王? 同棲?
僕とは何ら関連性のない単語に戸惑う。
何ジョークなのだろうと思ったけれど、テツ君の顔は真剣そのものだ。
逆に今冗談など言ったら一刀両断されてしまいそうな雰囲気だ。
やっぱりさっきのは病気の発作で、脳の神経回路に支障が出てしまったのではないかと心配になる。

「えっと……、魔王って何? ゲームの話?」
「違いますよ! さっき話してたでしょう。吉井晴仁、あの男のことですよ! あの男と同棲してるって本当ですか?」

鼻先がぶつかりそうなほど近くに、ずい、と顔を近付けテツ君が詰め寄ってきた。

「ど、同棲って、男同士でそれはないよ。僕が居候させてもらっているというか、るーむしぇあってやつをさせてもらってるんだ」
「つまり、一緒に住んでいるということですね」

るーむしぇあという今時の響きに口元を綻ばせる僕を無視して、テツ君は深刻な顔で手を顎に当て、じっと僕を凝視した。
その視線に、他のお客さんから受けていた好奇の視線とは比べ物にならないほどの居心地の悪さを感じる。

「……つかぬことを聞きますが」

そう前置きすると、さらに眼力を強めて彼が言った。

「体の方はご無事ですか?」
「……え?」

また、話が飛んだ。
いや、さっきは飛んではいなかったのだけれど、今回ばかりは今までの話の流れとの関連が見当たらない。
なぜ急に僕の体調の心配を?
どちらかというと僕はテツ君の体調の方が心配なのだけれど……。

「僕は大丈夫だよ。ばかは風邪をひかないっていうのかな、ここ最近ずっと体調を悪くしたことがないんだ」

仕事の成績は悪かったが、無遅刻無欠勤だけが僕の取り柄だった。
少し誇らしげに言ってみるも、テツ君は完全に自分の世界に入っており、テーブルに肘をついて両手で額を覆いながら何やらぶつぶつと呟いていた。

「この反応からは、恐らく幸助さんの純潔は守られているんだろうけど、この先、安全が保障されるとは分からんからな……」

俯いていて表情は見えないが、声は暗く重い。
現在進行形で無職の僕より深刻そうだ。
何か励ましの言葉を掛けようとするが、何に対してこんなに深刻になっているか見当もつかず思いあぐねていると、テツ君がようやく顔を上げた。

「幸助さん、あの男とはずっと一緒に住む気ですか」
「いや、僕の仕事が見つかるまでだよ。さすがにそんなにお世話になるつもりはないよ」
「なら、話がはやい」

突然、ガッと右手を両手で包む様に掴まれた。

「早いとこ、仕事を見つけましょう!」

なぜかテツ君が目に闘志の様なものを燃やしながら、僕の就職活動を応援してきた。
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