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第1章 35歳にして、無職になる

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「……つまりね、君に会社を辞めて欲しいんだ」

「……え?」

部長の言葉に、僕はしばらく茫然と立ち尽くしていた。


こうして僕は、無職となった。
三十五歳、秋のことだった。

****

会社を辞めさせられて三カ月が経った。
ハローワークから出てきた僕に、冬真っ盛りの冷たい風が吹き付けた。
その冷たさにぶるりと体を震わせ首を竦める。
しかし、寒いのは体ばかりではない。

やっぱりなかなかいい仕事は見つからないな……。

求人情報の紙を見ながらはぁと大きな溜め息を吐く。
三十五歳という年齢がネックになっており、なかなか仕事が見つからなかった。
少しではあるが貯金もあり、失業給付も貰えているので、今のところはお金には困っていないが、貯金も失業給付もいつまでもあるわけではない。
今後の人生を支えるには、それらの金額ではあまりに心許ない。
将来を案じる頭に“孤独死”の三文字が過る。
悪い想像を振り払うように、僕は頭を振った。
何が何でも仕事を見つけなくては……!
そう決意を新たにしていると、ズボンのポケットに入っている携帯電話が震えた。
久しぶりの振動に驚きながら、携帯電話を開いた。

「はいもしもし青葉幸助(あおば こうすけ)です」
「ふはは、こーすけっていつも電話に出る時、名前をフルネームで言うよね。僕がこーすけに掛けてるんだから大丈夫だよ」

そう言って電話の向こうで笑うのは、友人の吉井晴仁(よしい はるひと)だった。

「いやぁ、家の電話の時の癖が抜けなくて」

毎回笑って指摘されるのだが、長年の習慣とはなかなか直せないものだ。

「ふふ、こーすけらしくていいんだけどね。ところで、今日の夜は空いてる? もし空いてたら映画でも観に行かない? 気になる映画があってさ」
「晴仁が気になる映画ならおもしろいだろうね。僕もぜひ行きたいな」
「あはは、嬉しい言葉だけどプレッシャーだなぁ」

僕の言葉に、晴仁は照れたように笑った。

晴仁とは高校時代からの友人であり、高校・大学ともに映画同好会に所属していた。
二人とも映画が大好きで好みも合うため、大学を卒業した後も、月に一度は一緒に映画館へ足を運んでいる。
映画以外でも、食事に誘われることもあり、少なくとも月に二・三度は会っている。
恋人もおらず、友人も多くはない僕を気遣って誘ってくれているのだろう。
暇を映画でしか埋めることを知らない僕にとっては有り難いことだった。
友人の多い晴仁の中で自分がどんな立ち位置にいるのかは知らないが、僕にとって彼は間違いなく親友と呼べる存在だった。

「時間はどうしようか? 僕はこのまま急な仕事が入らなければ、今日は十七時くらいには終われそうなんだけど、こーすけはどう? 仕事何時くらいに終わりそう?」

仕事、という言葉にドキっと鼓動が乱れる。
晴仁は僕にとって親友と呼べる存在だ。
しかし、まだリストラにあったことは言えないでいたのだ。

「えっと、今日は休みなんだ。だから、僕はいつでもいい。晴仁の時間に合わせる」
「そっか、じゃあ仕事終わったらまた連絡するね」

やや早口になったが、晴仁は特に不思議に思った風ではなかった。

「うん、それじゃあいつもの本屋に集合でいいかな?」
「大丈夫だよ。それじゃあ、さっさと仕事終わらせて飛んで行くから」

電話を終えると、僕は溜め息を吐いた。
映画を観るのも、晴仁と会えるのもすごく楽しみだ。
けれど、秘密にしているという後ろめたさが、その楽しみを濁らせていた。
求人誌を両手でぎゅっと抱きかかえる。
待ち合わせまではだいぶ時間があるので、一旦家に帰ることにした。
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