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第3章 異世界で溺愛剣士の婚約者!?

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「ダイナ!」
「やっぱり!」

 ダイナの姿を見て安心したのか目尻にじわりと涙をにじませて、勢いよくエグバードが立ち上がった。
 しかしその瞬間、なんとダイナはこちらに背を向けて、また走り出したのだ。

「ダ、ダイナ、なぜ……!」

 あからさまにショックを受けた顔でエグバードがその場に立ち尽くす。

「とりあえず追いましょう! あのスピードならきっと追いつきます」

 逃げはしたものの、必死さを感じないかろやかな足取りは、まるでこちらを試しているようだ。

「そ、そうだな、追って話を聞かねば」

 そう言うとエグバードはごく自然な流れで俺を抱き上げ走り出した。
 
「えぇっ!? いや、降ろしていいですよ! そうじゃないと追いつけるものも追いつけなくなりますよ!」
「はははっ、ソウシくらいの重さならなんてことはない」
「そ、そんなに軽くないですっ」

 やめて……! 子どもになんともないと軽々と抱かれるの、すげぇ屈辱だから……!
 
 しかし俺のプライドを砕き割っている自覚のないエグバードは俺の言葉を笑い飛ばす。
 
「はははっ、軽い軽い。だから気にするな。それよりも口は閉じておけ。舌を噛むぞ」

 そう優しく言うと、エグバードは走るスピードを上げた。
 確かにこのまま抗議をしていたら舌を噛みそうだ。
 それに何を言っても無駄なことはこの短い間で嫌と言うほどよく分かった。
 きっと軽く感じるのはエグバードがデカいからで俺は標準体型、標準体型……と自分を心の中で慰めながら、きゅっと唇を閉じた。
 
 しばらくダイナの後を追いかけたが、これがなかなか捕まらない。
 
「ダイナ、待ってくれ! どうして逃げるんだ!」
 
 エグバードが呼びかけてもダイナは振り向きもしなかった。
 しかし見失わない程度の距離を保ったまま、俺たちの追いかけっこは続いた。
 そして庭園を出たところで、すぐ傍に立っている木にダイナが素早く登った。
 
「にゃあ」

 余裕綽々といった感じで俺たちを見下ろしながらダイナが鳴く。
  
「く……っ、この高さでは登れんな」
「そうですね……」

 エグバードの腕から降りて木の下から上を仰ぎ見る。
 枝の上にゆったりと座るダイナがいる場所は、猫には簡単に登れても、俺たち人間には難しい高さだった。

「ダイナー! 降りてこい! おいしいものを準備してやるぞ」
 
 ダイナを受け止めようと両手を広げながら、優しい声でエグバードが呼びかけるが、ダイナはつーんとあさっての方向を向いてしまった。
 
「うっ……、ダイナ、どうして……っ」

 まるで愛娘に反抗期が訪れた父親のような表情を見せるエグバードの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
 さすがにかわいそうになりさっきの延長で頭を撫でてやる。
 少し背伸びをしないといけないのが悲しいが……。
 
「だ、大丈夫ですよ、何とかなりますって」
「だが、向こうから降りてくる気配はないぞ。どうすればいい……?」

 すん、と小さく鼻をすするエグバードの言葉に、俺は腕を組んで唸った。
 
「うーん、とりあえず木を軽く蹴ってみましょうか」
「待て待て待て!」

 足を軽く振り上げて木を蹴ろうとする俺を、エグバードが後ろから羽交い締めにして慌てて止める。
 
「ダイナが落ちてケガでもしたらどうする!」
「いや、猫は身軽ですし、上手く着地できますよ」

 もちろん木を揺らして落とすという乱暴な手段ではなく、蹴った振動に驚いて向こうから飛び降りてこないかというのが狙いだったのだが、エグバードはとんでもないと言わんばかりにブンブンと首を横に振った。
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