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『ひねくれ人気ミステリ作家×苦労性家政夫シリーズ』

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 後日、穂積さんに言われた通り、櫟原さんには今後近寄らないようにしようと会社に指名解除を頼もうとしたが、その必要はなくなった。
 櫟原さんが自殺したのだ。
 鍵をかけた自室で首をナイフで切り裂くという惨たらしい死に方だったらしい。
 遺書はなかったが、首の切り裂いた傷口を掻き毟った痕や壁に残された血文字に、誰の目から見ても気が触れてしまったのは明らかだった。
 後に、穂積さんが裏で入手した部屋の写真に俺は絶句した。遺体こそなかったが、俺の見知ったその部屋は酸鼻極める光景に変貌していた。
 だが、俺が一番恐怖したのは、壁中に書かれた『死』の鏡文字だった。狂った歓喜を横溢させる踊り子のようなその癖のある文字は、忘れられるはずもなかった。
「はは、人を呪わば穴二つとはこのことだ」
 部屋の写真を震える俺の手からスッと取り上げると、穂積さんは自分の机に腰を下ろした。
「事実は小説より奇なり、と言うが、あまり独創性のない死に方だな。まぁ所詮、事実も小説も人間が作り出すものだから仕方ないことではあるか」
 そう言って、ライターで写真に火を付けると灰皿に放った。
「……穂積さん、何か、したんですか?」
 火に蝕まれていく写真を見ながら、恐る恐る訊ねる。
 穂積さんはフッと笑った。
「まさか。俺は何もしない、というかできない。俺はしがない人気ミステリー作家だからな」
 肩を竦めてみせるが、その真意は分からない。
「それに仮に俺ができたとしてもこんな陳腐なやり方は絶対にしない。君の質問は至極失礼なものだよ。プロの殺し屋に祭りであの射的を全部倒したのはお前か、と訊くようなものだ。全くプロを舐めないでもらいたい」
「……それは失礼しました」
 いつもの具合で早口に嫌みを言われはぁ、と大きく溜め息を吐いた。
「まぁ、これに懲りたらむやみに人からものを貰うのはやめとくことだな。あ、新しいエプロンは今注文してるから、届いたら即刻その安物は捨てるように」
 穂積さんはこんな安物を着ている人間の神経を疑うとでも言いたげな視線を、俺が百均で買ってきたエプロンに向けながら言った。
「……言ってることと矛盾してません?」
 むやみに人からものをもらうなと言ったその舌が乾かぬうちに言うのだから恐らく自覚はないのだろうが、一応突っ込んでおく。
「矛盾? 俺ほど整合性のある人間はいないと思うが」
「……はい、そうですね。有り難く頂戴シマス」
 下手なことを言って機嫌を損ねても厄介だ。俺は早々に話を切り上げて、家政夫の業務に戻ることにした。
 書斎を出る前に、一度だけ、引き寄せられるようなものに逆らえず振り返って灰皿の方を見ると、消えかけた火の中で何かゆらりと舞った気がした。

 ―了―
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