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『悪い虫』(美人ストーカー×彼氏持ちの大学生)
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「全く、恋人がモテるというのも困ったものだね。まぁそれだけ君が魅力的ということだから仕方ないけど」
ふふ、と耳朶をくすぐるように小さく笑うと、男の唇が耳元から離れた。
「さて、どう始末するかな。虫はやっぱり殺虫剤がいいかな。でも、簡単に殺すのも僕の気がおさまらないなぁ」
今晩の献立は何にするかというような軽さで、物騒なことをぶつぶつと呟く男の腕を俺は咄嗟に掴んだ。
女のように艶やかな黒髪の男は突然のことに目を丸くしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「ああ、ごめんね。起こしちゃったね。具合はどう? 何か飲み物持ってこようか?」
「……四ツ井はどこにいる?」
男の言葉を無視して問うと、一瞬、眉間に剣呑な雰囲気が漂ったがすぐに霧散された。
「安心して。あいつは捕まえているから、君をさらいに来ることはないよ」
「は?」
顔を顰める俺など気にせず、男は得意げに話し続けた。
「ひどいよね、君をさらって監禁するなんて。今日の外出はあれでしょ? 一日デートしてあげるからもう付きまとわないで、っていう交換条件でしょ。でもああいうストーカーにはそういうのは効かないよ。むしろ受け入れてもらえたってもっと増長するから。僕もよく女の子に『これで最後だから』って迫られるんだけど最後だった試しなんてありゃしないよ」
男は早口で捲し立てて肩を竦めた。
その、事実をねじ曲げて無理矢理自分の都合の良い妄想に繋げていく言葉に、男が手紙の主であることを確信した。
確信と同時に、恐怖が心の内で破裂して全身に行き渡った。
ガタガタと体が震える。それが自分が原因だとは少しも思っていないのだろう、男は気遣わしげにそっと俺の肩を撫でた。
「恐がらないで。大丈夫。僕が君を守るから。……悪い虫は僕が追い払ってあげる」
毒々しいほどに甘く艶やかな声でそう囁くと、男は立ち去ろうとした。
脳裏に四ツ井の優しい笑顔がよぎった瞬間、俺は男の腰に抱き付いた。
「い、行かないでくれ……っ!」
縋り付くような声音でそう言って、さらにぎゅっと腕に力を込めた。
「さ、寂しいから、傍にいてくれっ」
心にもないこと、しかも心にあることとは正反対のことを言うのは、難しいことこの上ない。全く言葉通りの感情がこもっていない言葉は下手くそな嘘だった。
だが、ここでこいつを食い止めなければ四ツ井が酷い目にあってしまう。それだけは、避けたかった。
その必死さが、寂しさで恋人を健気に引き留めるように見えたのだろう。男は感極まった様子で、俺の手を掴むとベッドに押し倒した。
「……っ、やっと甘えてくれたね。嬉しい……っ。すごく嬉しいよ」
うっとりと目を細めて、俺の瞼や頬にキスをした。
男の柔らかな唇の感触が肌に滲むたびに、嫌悪の鳥肌が立った。
「ごめんね、僕としたことがあいつへの怒りで君への配慮が欠けていた。許してくれる?」
可愛らしく小首を傾げて返答の分かりきった許しを請う。
俺が頷くと男は一層笑みを歪めた。
「許してくれてありがとう。お詫びに君が大好きな気持ちいいこと、いっぱいしてあげるね」
男はそう言うと俺のシャツの裾から手を忍ばせて、じっとりと胸元を撫でた。
虫が這うようなその動きに吐き気がこみ上げたが、四ツ井の顔を思い浮かべてぐっと堪えた。
「そうだ、君のための温室を作ろう。悪い虫が二度と寄ってこないように……」
男は唇を吐息で嬲るような近さでそう呟くと深く口づけて舌を絡めた。まるで虫を食らう花のような毒々しい動きで……――。
―了―
ふふ、と耳朶をくすぐるように小さく笑うと、男の唇が耳元から離れた。
「さて、どう始末するかな。虫はやっぱり殺虫剤がいいかな。でも、簡単に殺すのも僕の気がおさまらないなぁ」
今晩の献立は何にするかというような軽さで、物騒なことをぶつぶつと呟く男の腕を俺は咄嗟に掴んだ。
女のように艶やかな黒髪の男は突然のことに目を丸くしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「ああ、ごめんね。起こしちゃったね。具合はどう? 何か飲み物持ってこようか?」
「……四ツ井はどこにいる?」
男の言葉を無視して問うと、一瞬、眉間に剣呑な雰囲気が漂ったがすぐに霧散された。
「安心して。あいつは捕まえているから、君をさらいに来ることはないよ」
「は?」
顔を顰める俺など気にせず、男は得意げに話し続けた。
「ひどいよね、君をさらって監禁するなんて。今日の外出はあれでしょ? 一日デートしてあげるからもう付きまとわないで、っていう交換条件でしょ。でもああいうストーカーにはそういうのは効かないよ。むしろ受け入れてもらえたってもっと増長するから。僕もよく女の子に『これで最後だから』って迫られるんだけど最後だった試しなんてありゃしないよ」
男は早口で捲し立てて肩を竦めた。
その、事実をねじ曲げて無理矢理自分の都合の良い妄想に繋げていく言葉に、男が手紙の主であることを確信した。
確信と同時に、恐怖が心の内で破裂して全身に行き渡った。
ガタガタと体が震える。それが自分が原因だとは少しも思っていないのだろう、男は気遣わしげにそっと俺の肩を撫でた。
「恐がらないで。大丈夫。僕が君を守るから。……悪い虫は僕が追い払ってあげる」
毒々しいほどに甘く艶やかな声でそう囁くと、男は立ち去ろうとした。
脳裏に四ツ井の優しい笑顔がよぎった瞬間、俺は男の腰に抱き付いた。
「い、行かないでくれ……っ!」
縋り付くような声音でそう言って、さらにぎゅっと腕に力を込めた。
「さ、寂しいから、傍にいてくれっ」
心にもないこと、しかも心にあることとは正反対のことを言うのは、難しいことこの上ない。全く言葉通りの感情がこもっていない言葉は下手くそな嘘だった。
だが、ここでこいつを食い止めなければ四ツ井が酷い目にあってしまう。それだけは、避けたかった。
その必死さが、寂しさで恋人を健気に引き留めるように見えたのだろう。男は感極まった様子で、俺の手を掴むとベッドに押し倒した。
「……っ、やっと甘えてくれたね。嬉しい……っ。すごく嬉しいよ」
うっとりと目を細めて、俺の瞼や頬にキスをした。
男の柔らかな唇の感触が肌に滲むたびに、嫌悪の鳥肌が立った。
「ごめんね、僕としたことがあいつへの怒りで君への配慮が欠けていた。許してくれる?」
可愛らしく小首を傾げて返答の分かりきった許しを請う。
俺が頷くと男は一層笑みを歪めた。
「許してくれてありがとう。お詫びに君が大好きな気持ちいいこと、いっぱいしてあげるね」
男はそう言うと俺のシャツの裾から手を忍ばせて、じっとりと胸元を撫でた。
虫が這うようなその動きに吐き気がこみ上げたが、四ツ井の顔を思い浮かべてぐっと堪えた。
「そうだ、君のための温室を作ろう。悪い虫が二度と寄ってこないように……」
男は唇を吐息で嬲るような近さでそう呟くと深く口づけて舌を絡めた。まるで虫を食らう花のような毒々しい動きで……――。
―了―
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