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 イアンに気遣わせない程度の軽やかさで自嘲的に言って、腕から手の甲、指先へと手を動かして丹念に押し撫でた。
 穏やかに血が巡る感覚に、まどろむ心地で目を閉じる。
 リチャードの献身的な介抱を拒めないのは、自責の念に苦しむ彼を想ってだけのことではなかった。
 死を予感するまでの状況になって初めて覚えた、壮絶な孤独感、そして人の温もりを欲する飢餓感……。
 それらを味わってまだ日も浅いのだ。心身に深く染み込んだそれを取り除くのに、リチャードの献身はうってつけだった。
 もしリチャードがイアンの遠慮を聞き入れ、また以前のように日中はひとりでここで過ごさなければならないと思うと、孤独の名残りが胸の奥で疼いて、たまらなく不安になった。
 だからリチャードの自責の念が和らぐまで、彼の厚意に甘えることにしたのだった。

「――大丈夫? 痛くない?」

 腕の内側を緩やかに撫でてほぐしながら、リチャードが優しく訊く。

「うん、大丈夫。気持ちがいい」

 微笑んで答えると、リチャードは嬉しそうに「そう、よかった」と顔を綻ばせた。



 イアンの人の温もりに対する飢え、そしてリチャードの痛ましいくらいの自責の念――。このふたつのせいで、イアンはこの親友と呼ぶにはあまりに近すぎる距離感に、少しも違和感を覚えることがなかった。
 世の中と隔絶されたこの状況下で、自分の感覚が麻痺していっていることに、イアンはまだ気づかないでいた……。


 ****

 体は順調に快方に向かっていた。
 近頃は食事も自分でとるし、浴槽までも自分の足で歩いて行っている。
 イアンの回復を喜びつつも、どこか寂しそうな顔をするリチャードに「きっとリチャードは将来、子離れできずに苦労するだろうね」と笑ってからかうくらいには心身ともに元気を取り戻していた。



 そんな夜分、イアンは唇に妙な感触を覚えて、目が覚めた。
 そのまま、また夢の世界へ落ちていけばよかったのだが、反射的に瞼を開けてしまった。
 寝惚け眼の視界に、自分に覆いかぶさる人の影を認め、眠気が一気に吹き飛んだ。
 最初、侵入者を疑ったが、すぐにそうでないことが分かった。

「リチャード……?」

 目の前には強張ったリチャードの顔があった。
 まさかの人物にうまく状況が掴めない。
 まだイアンが困惑しているうちに適当な嘘で誤魔化そうと考えたのだろう、リチャードはぎこちない笑みを浮かべ口を開きかけたが、すぐに思い直したように口を閉じ、真面目な顔で見つめてきた。
 そして、

「……好きだ。君のことがずっと好きだった」

 熱を帯びた真剣な声で愛を告げられ、イアンは目を見張った。

(俺のことが、ずっと好きだった……?)

 リチャードの言葉を胸の内で繰り返してみても、まるで信じられなかった。
 確かにリチャードは唯一無二の親友で、深い親愛の情はある。しかし、そこに恋愛感情はない。それはリチャードも同じだと思っていた。
 第一、自分たちは男同士だ。長い付き合いになるが、リチャードに同性愛の気はなかったはずだ。
 しかし、イアンを見下ろすその眼差しに、嘘偽りは感じられなかった。むしろ胸にまで迫ってくる痛切さがそこにはあった。
 息を呑んで固まっていると、リチャードはイアンの手首を掴んで自分の胸に押し当てた。
 ドクドクと、駆け足の鼓動が手の平から伝わって体に響いてくる。それに呼応するように、イアンの鼓動もまた戸惑いの色を強め速まった。
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