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そうなると、リチャードの来訪が途絶えたのは、恐らく何かしらの不測の事態が起こったと考えるより他になかった。
(まさか聖女親衛隊の奴らに捕まって……)
聖女を狂信する者たちに捕まり拷問を受けるリチャードを想像して、全身の血の気が引いた。
このまま悪い想像を頭に留めていると現実になってしまいそうで、イアンは慌ててぶるぶると頭を横に振った。
(いや、ブラットリー公爵家の跡取り息子をさらって拷問なんてそう簡単にできるものじゃない)
ブラットリー公爵家は貴族の中でも抜きん出て強い権力を持っており、おいそれと手出しできるはずがない。男爵家の自分なんかと仲良くしているのが本当に不思議なほどだった。
ただ、予告もなしにここへ来られなくなっているのは、イアンやリチャードにとってよくないことが起きているのは確かだろう。
イアンはざわつく胸を鎮めるように、ベッド脇にいつも置いている四つ葉のクローバーを手にとった。
時間が経って随分しおれてしまったが、あの日以来、イアンの心強いお守りとなっていた。
(大丈夫。きっとリチャードのことだからどんな事態になってもうまく切り抜けられるはずだ)
自分に強く言い聞かせながら、幸運の象徴である四つ葉のクローバーをぎゅっと握りしめた。
――……それが何日前のことか思い出せないほどに、イアンの意識は朦朧としていた。
徐々に減っていく備蓄の食料や水の残量を見るたびに、自分の寿命を目の当たりにしているようで恐ろしかった。
なるべく減らさないよう少しずつ食べても、食料には限りがある。
ついに備蓄のものが全てなくなった時、死の恐怖がより一層色濃くなり、不安で動悸が止まらなかった。
(大丈夫、きっと明日にはリチャードが来てくれる、だから、大丈夫……)
しかし、いくら強く言い聞かせても、強烈な飢えを前にするとその前向きさがかえって空々しく感じ、もう二度とリチャードが訪れることはないのではないかという絶望的な気持ちが強まった。
ベッドの上から動けなくなったのはいつからだろうか。
最初はなるべく体力を消耗させないように動かないようにしていただけだったが、いつの間にか体力が尽きて動けなくなるという皮肉な逆転が起きていた。
今では指先ひとつ動かすことすら億劫で、虚ろな視線をぼんやりと宙に漂わせるくらいしかできなかった。
そんな状態だったので当然、絶望や恐怖に抗う気力など残っているはずがなかった。
少し前まで恐慌状態だった胸の内も、今ではすっかり凪いで静かだった。
もちろんそれは、死を受け入れる覚悟ができたからというわけではない。ただ単に飢餓が極限に達して、じわじわとすぐそこまで迫って来ている死の気配に怯える気力すらなかったのだ。
ただ、このまま誰にも知られることなく死ぬのかと思うと、無性に悲しく寂しかった。
たとえ自分が死ぬとしても、血の巡りが悪くなり冷たくなったこの指先を、人の温もりで包んでほしかった。
そして、その温かで優しい想像をする時、いつも頭に思い浮かぶのはリチャードだった。
「リ……チャ……ド……」
乾いた唇の隙間から干からびた声を漏らしながら、残り少ない力を手に掻き集めて、枕元に置いている四つ葉のクローバーに手を伸ばす。
そして、それを口元まで運ぶと、おもむろに口に含んだ。
萎れ切った四つ葉にまるで生の気配はなく、茶色に変色したそれは噛むと見た目通りの苦さが口に広がった。
「ごほっ、ごほ……っ、ぐ、は……っ」
(まさか聖女親衛隊の奴らに捕まって……)
聖女を狂信する者たちに捕まり拷問を受けるリチャードを想像して、全身の血の気が引いた。
このまま悪い想像を頭に留めていると現実になってしまいそうで、イアンは慌ててぶるぶると頭を横に振った。
(いや、ブラットリー公爵家の跡取り息子をさらって拷問なんてそう簡単にできるものじゃない)
ブラットリー公爵家は貴族の中でも抜きん出て強い権力を持っており、おいそれと手出しできるはずがない。男爵家の自分なんかと仲良くしているのが本当に不思議なほどだった。
ただ、予告もなしにここへ来られなくなっているのは、イアンやリチャードにとってよくないことが起きているのは確かだろう。
イアンはざわつく胸を鎮めるように、ベッド脇にいつも置いている四つ葉のクローバーを手にとった。
時間が経って随分しおれてしまったが、あの日以来、イアンの心強いお守りとなっていた。
(大丈夫。きっとリチャードのことだからどんな事態になってもうまく切り抜けられるはずだ)
自分に強く言い聞かせながら、幸運の象徴である四つ葉のクローバーをぎゅっと握りしめた。
――……それが何日前のことか思い出せないほどに、イアンの意識は朦朧としていた。
徐々に減っていく備蓄の食料や水の残量を見るたびに、自分の寿命を目の当たりにしているようで恐ろしかった。
なるべく減らさないよう少しずつ食べても、食料には限りがある。
ついに備蓄のものが全てなくなった時、死の恐怖がより一層色濃くなり、不安で動悸が止まらなかった。
(大丈夫、きっと明日にはリチャードが来てくれる、だから、大丈夫……)
しかし、いくら強く言い聞かせても、強烈な飢えを前にするとその前向きさがかえって空々しく感じ、もう二度とリチャードが訪れることはないのではないかという絶望的な気持ちが強まった。
ベッドの上から動けなくなったのはいつからだろうか。
最初はなるべく体力を消耗させないように動かないようにしていただけだったが、いつの間にか体力が尽きて動けなくなるという皮肉な逆転が起きていた。
今では指先ひとつ動かすことすら億劫で、虚ろな視線をぼんやりと宙に漂わせるくらいしかできなかった。
そんな状態だったので当然、絶望や恐怖に抗う気力など残っているはずがなかった。
少し前まで恐慌状態だった胸の内も、今ではすっかり凪いで静かだった。
もちろんそれは、死を受け入れる覚悟ができたからというわけではない。ただ単に飢餓が極限に達して、じわじわとすぐそこまで迫って来ている死の気配に怯える気力すらなかったのだ。
ただ、このまま誰にも知られることなく死ぬのかと思うと、無性に悲しく寂しかった。
たとえ自分が死ぬとしても、血の巡りが悪くなり冷たくなったこの指先を、人の温もりで包んでほしかった。
そして、その温かで優しい想像をする時、いつも頭に思い浮かぶのはリチャードだった。
「リ……チャ……ド……」
乾いた唇の隙間から干からびた声を漏らしながら、残り少ない力を手に掻き集めて、枕元に置いている四つ葉のクローバーに手を伸ばす。
そして、それを口元まで運ぶと、おもむろに口に含んだ。
萎れ切った四つ葉にまるで生の気配はなく、茶色に変色したそれは噛むと見た目通りの苦さが口に広がった。
「ごほっ、ごほ……っ、ぐ、は……っ」
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